コクリ対話を深めるための7つのポイント

① 相互信頼

信頼のつくられ方

信頼は生き物。一朝一夕で形成されるものではなく、様々な出来事や感情の動きなどを経ながらつくられていくもので、終わりや完成がありません。「生き物をお互いに育て合う」「一緒に育てつづける」という状態に例えることができます。

「他者への信頼」においては、本人自身が「相手に理解された」と感じていることも重要になります。
何らかの理由で、相手に理解されてないと感じる経験が続くと、どうせ自分は理解されないと諦めの感情を持ってしまうことも少なくありません。相手は、「あなたを理解したいと思っている」「教えてほしい」というメッセージを伝え、その姿勢を示しつづけることで、本人が「私のことを理解してくれた」と感じられるようになることもあります。
そういったプロセスを通して、「自己への信頼」も強化される場合があります。

② 興味をもって聴くこと

「対話」の始まりは、興味を持って聴くこと。
子どもが新しいものごとに興味津々になって、自然と前のめりになって目をキラキラさせて聴くように、まずは相手の世界観に興味を持って入っていく(お邪魔する)ことからスタートします。「知りたい」「興味がある」という気持ちを相手に示し(言語的、非言語的)、相手の言葉に耳を傾けます。

 障がいのある人は、障がいゆえの多様な体験や経験をしている場合が多くあります。その体験や経験において、ネガティブなことが繰り返されてしまった場合、その人の行動や感情、価値観に大きな影響を与えかねません。障がいのない人から見た場合、一見、その行動や価値観に対する理解が難しいことがあります。さらに、障害ゆえに、物事の捉え方が独特であったり、こだわりが大きかったりする場合は、障がいのある人の世界を理解することは、どうしてもより難しくなります。では、どうすれば良いのでしょうか?「職場における『コクリ対話』のはじまり」に書いてある通り、相手に聴いてみることから始めます。

 相手の世界にお邪魔する時は、相手の世界やその世界にあるルールを知ろうとすることが前提です。つまり、自分なりに何か解釈を加えたり、判断したり、何か言いたくなったりする気持ちは、「一旦横に置いておく」という意識を持って聴くということです。その人が取った行動の奥底にある感情はどんなものなのか?なぜそのような感情をもったのか?前にも同じような経験があったのか?など、相手の行動の背景を深く探っていく作業が大切になります。相手の体験・経験の「物語(ナラティブ)」を聞くように、興味をもって聴いていくのです。

 対話は「相手に寄り添って聴く(傾聴)」ということをイメージすると思いますが、真に寄り添って聴くということは、相手に近づいていくだけではなく、相手の目線に立って、相手がこれまで経験してきたことを感じ、共感しながら聴くということです(下図)。ただし、ここで確認しておきたいのは、「相手に寄り添って聴く(傾聴)」は、相手に賛成したり、感情移入をしたままにしておくことではありません。相手の世界観にお邪魔した後は、自分の世界に戻ってくること(バウンダリー)が重要です。これについては、次のポイントである「自己理解」のところで詳しく説明します。

参考:株式会社障がい者つくし更生会  那波和夫氏 インタビューより
参考:株式会社障がい者つくし更生会 那波和夫氏 インタビューより

③ 自己理解

 「自己を理解した分だけ、他者の理解ができる」
 「興味をもって聴く」を意識してやっていたとしても、必ずぶち当たる壁があります。どんなに理解しようとしてもできない、ただ驚くばかりで次に進めない、八方塞がりだ、こういうことが起こります。これは「自分自身への試し」のステージです。人は、他者と対話する時は必ず、自己との対話も行っています。そして、自己との対話を通して「自己理解」を深めます。人は自分のことはわかっていると思いがちですが、ジョハリの窓(右図)が教えてくれるように、自分が知らない未知の自分も当たり前に存在します。
 対話をする際、相手の世界観を訪ねた時に、その世界観に対して自分なりに何か解釈を加えたり、判断したりしたくなります。そして、相手の言っていることに口を挟みたくなります。感情を持つ人間として、それは当然の気持ちです。
しかし、コクリ対話を進めるには、こういった感情を持つ自分自身とまず向き合う必要があります。
それは相手の「行動」や「感情」「価値観」に、自分の「感情」や「価値観」が無意識に反応してしまうからです。
 例えば、信号無視をして横断歩道を渡る人を見た場合、あなたはどう思いますか?


 人々は、何かの出来事が起こった時に無意識にそれをジャッジしたり、解釈したりしています。理解不能の「え?」が起こった時は、その無意識のジャッジや解釈が自分のものと異なっているため、自分の中でアラートが鳴っている状態だといえます。対話を行うときは、このアラートがなっている時はむしろチャンスです。自分の経験を思い出しながら、価値観・信念を見直し、新しい価値観や信念があるということを知って、自分の幅を広げる機会にしていきましょう。ある出来事で意識的に現れるのは言動や感情ですが、それらの奥には無意識の価値観や経験、知識があります。


 自己理解とは、自分の過去の体験や経験からつくられた自分の価値観や信念を知ること、そして、それがつくられた時の自分の素直な感情と向き合うことです。ポジティブな感情のときもあれば、ネガティブな感情もあります。ネガディブな感情が思い出された時は、本当は自分はどうしたかったのか、他者からどう接してもらいたかったのかについても思い出して、癒しの言葉をかけてみてください。人の価値観・信念はそのような体験や経験が積み重なってできています。そして、人はそれらによって、「主観フィルター(メンタルモデル:p.16)」をつくり上げ、そのフィルターを通して物事(出来事や他者)を見たり、聞いたり、考えたり、判断するようになります。主観フィルターは、言わば自分にとってはアイデンティティのようなものでもあります。
 それが他者により揺るがされたときは、自分の領域が侵されたと感じ、心のアラートが鳴り、防衛反応が働きます。心のシャッターを閉じたり、無視したり、相手を否定したり、相手を追い出そうとしたり、いろいろな反応が起こりますが、人は、この状況を乗り越えようとする強さを持っています。自己理解を深め、自分の行動、感情、経験、価値観、主観フィルターと向き合うことができれば、自分と異なる価値観に遭遇しても、対処方法が分かったり、その価値観を受け入れられたりできるようになります。これは他者ではなく自分が変わることを許せた状態であり、変わろうと行動できる状態です。
 ただ、人間は玉ねぎの皮のようなもので、1つ自己理解をしたとしても、それは表の1枚にすぎず、また中から新しい自分がやってきます。それを繰り返して自己理解を進めていくだけ、他者の理解もできるようになるのです。

出典:熊平美香(2021) 『リフレクション(REFLECTION)  自分とチームの成長を加速させる内省の技術』
            岡崎裕史・野田直子(2023)「『自分のこと」を知る-他者理解のベースとなる自己理解-」資料を参考に執筆

ここでは、自己理解をするときのキーワードについて説明します。

 

特権 (Privilege)

 「特権」とは、あるマジョリティ側の社会集団に属していることで、労なくして得ることのできる優位性(権力も含まれる)のことです。ポイントは「労なくして得る」という点。努力をしたから得られる優位性ではありません。特権のイメージは「自動ドア」です。センサーが反応して自動的にドアが開くため、「特権」をもっている人々はその特権に気付きづらいということがあります。しかし、特権を持っていない人は、自動ドアが開かないので、ドアがあるごとに「通れない」という経験をたくさんしています。つまり、大変なこと、不自由なこと、理不尽なこと、機会がない(少ない)ことなどに直面しやすく、多くのネガティブな経験をしたり、差別を受けたりしているのです。
 マジョリティ性を持った側がこのような状況があることに無自覚であれば、真の対話は成立しません。自分の特権に自覚的になって、はじめて対話ができる状態になります。特権があることがどれだけ社会を変えやすい立場にいるかを理解し、マジョリティ性を持った側が変わらなくてはなりません。
出典:出口真紀子(2023)「マジョリティ側の特権に気づく−対話を始める前提として−」資料

 

セルフケア

 人はフィジカルな(身体の)セルフケアは得意です。怪我をしたときは処置をして、必要があれば無理をせず休みます。しかし、メンタルのセルフケアにはあまり関心がありません。一方、心が折れた時の対処方法は教えてもらえず、その出来事が無かったように振る舞い、休まず無理をして動き続けることも少なくありません。十分なセルフケアを行わず、間違った方法で対処することもしばしば。
 では、心のセルフケアはどのようにすればよいのでしょうか?
 まずは自分で「傷ついたこと」や「心の辛さ・大変さ」を自覚するところから始まります。無かったことにしてはいけません。そして、ある程度、傷や辛さ等と向き合えるようになったら、なぜ傷ついたのか、どれくらいの傷なのか、自分で回復ができるのか等を観察します。他者が関わる場合は、なぜ他者に傷つけられてしまったのか、他者にどう対応してもらいたかったのか等について考えます。そして、どのように対処すれば回復するかを考えます。直接、傷ついたことに対処する方法以外にも、次ページの表のように代替方法で回復する方法もあります。最後に、同じことを繰り返さないようにするために、他者に報告・相談して、自分が配慮してもらいたいこと(「こうされると嫌な気持ちになる」と伝える、仕事量を減らす、頭がもやもやするので一緒に整理してもらう等)を共有するという段階があります。

 

出典(図と表):北村尚弘(2018)「セルフケア」「リカバリープラン」資料
出典(図と表):北村尚弘(2018)「セルフケア」「リカバリープラン」資料

バウンダリー

 バウンダリー(自他境界線)とは自分と他者の境界線を指します。これを設定することで、その人の領域(管理責任範囲)が明確にされるので、自分と他者が負うべき責任の事柄と範囲が分かります。また、バウンダリーは自己の存在が外部から脅かされた時に自分自身を守る働きもあります(小山:2015)。対話という「他者の持つ世界観を訪ねる」、「他者に共感する体験をすると」、自分と他者の境界線が曖昧になることがあります。その時は、バウンダリーを意識して、他者と境界線を引きましょう。境界線を引くということは、自分と他者を客観視できるという意味です。バウンダリーが上手くできないときは、「ここまでの範囲を対応する」ということをあらかじめ決めておいてもよいかもしれません。例えば、テニスコートをイメージしてください。相手とのラリーを続ける時に、コートのこのラインまでの球は拾うけれど、これ以上のラインを超えた球は拾わないと決めておくことは、他者と深く関わる上で必要な技術の1つです。

 ここまで「自己理解」について話をしてきました。お分かりのように、コクリ対話をすると、私自身のみならず、相手も自己との対話をし、自己理解を深めています。相手が障がいがある場合、障がいゆえに、自己との対話や自己理解がより難しくなることも少なくありません。その時は、上記の内容を周囲がサポートすることも、コクリ対話を進める上で大切なことです。

出典:小山顕(2015)『相談援助実践者の情緒的・関係的健全性』聖和短期大学紀要1、P.3-16

④ 学び合い(経験学習)

 相互信頼ができている組織は、「自分が受け入れられている」「自分に興味を持ってくれている」「自分の意見や話を聞いてくれる」という心理的安全性があります。そのような組織で働く社員は、気持ちや思考に余裕(「スペース」「余白」)ができます。その時に、仕事を通したポジティブな形での経験学習とコクリ対話の機会があれば、これまでネガティブだった言動、感情、経験において、別の視点から新たに学びなおせるようになります。これは「主観フィルター(メンタルモデル)」のバリエーションを増やしたり、他者の「主観フィルター」を学んだりしている状態です。それを繰り返すことで、新たな学習を体得していくのです。経験学習を持続するためのモチベーションは、「お客様のためになる」「社会の役に立っている」「自己肯定感が高まる」「自分が損や辛い思いをしない」「自分の世界が豊かになる」などといったことであり、これは働く喜び、つまりディーセント・ワークにつながるものです。

■コルブの経験学習モデル(experiential learning model)から考える
ディビット・コルブ(1984)は、経営教育、人材教育の領域において、次のような経験学習モデルを提唱しました。

■D&I推進プロセスとそこから生まれるもの

ダイバーシティ&インクルージョン の推進

 コクリ対話を踏まえて仕事をする中で、障がい者と企業がお互いに学び合いをしています。相手の受け入れの幅を広げたり、狭めたり調整しながら、お互いが共に働ける最適なポジションを見つけているのです。ここでの「できた」「できるかもしれない」という体験は、これまで不確実で曖昧であったものに、この組織ならではの輪郭を浮かび上がらせてくるようになります。

 このような状態になると、組織が「新しいこと」や「挑戦」に寛容になり、社員も新しいことや挑戦に積極的になっていきます。なぜならば、たとえ失敗したとしても挑戦したことが評価され、その失敗は失敗ではなく、次に行動を起こすためのフィードバックの材料として使われるからです。これは心理的安全性が保たれた組織と言えます。

⑤ 互いに折り合いをつけること

 コクリ対話は、一方的に相手の話を聞き続けるだけではありません。他者とチームで働き、仕事上では成果を上げることが求められます。特に障がい者にとっては、働く前提として「合理的配慮※」が必要となります。具体的には、障がい者が企業に対して、必要な合理的配慮について伝え、企業がそれに対してどのように対応していくかコクリ対話をしながら、働きやすい環境をつくっていくことが求められます。
 働きやすい環境にするためには、「仕組みづくり」と「個別対応」の2点から考えていきます(奥脇2023)。「仕組みづくり」とは、どの社員にも適応される会社全体を良くするための仕掛けで、就業規則、ツール(Zoom、Chatwork、Backlog、SPISなど)、対応業務の明確化、ルール等があります。そして、この仕組みを作った上で、個別対応をしていきます。「個別対応」は、障がい自体ではなく、その人を理解するよう努め、会社の仕組みの中でどうすれば最も働きやすいかを一緒に考え、折り合いを付けていくことです。同時に一緒に働く仲間の働きやすさも考え、理解しようとし、皆で働けるよう折り合いをつけることでもあります。考えが異なる時や対応が難しい時は、「折り合いをつける」作業が必要になります。折り合いの付け方にはいくつかの方法があるので一部を紹介します。

一旦、相手の要望を受け入れて、枠を広げる

可能性に着目して新しくやってみる


第3のルールをつくる

「理屈」と「共感」での理解を進める


笑いによって解放する

※合理的配慮とは、障がいのある人から社会の中にあるバリアを取り除くために、何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられたときに、負担が重すぎない範囲で対応すること(事業者においては、対応に努めること)が求められるもの。重すぎる負担があるときでも、障がいのある人に、なぜ負担が重すぎるのか理由を説明し、別のやり方を提案することも含め、話し合い、理解を得るよう努める必要があります (内閣府「『合理的配慮』を知っていますか?」パンフレットより)

 

出典:奥脇学(2023)「多様な人々が活躍する組織(チーム)を作り出す」資料
   中島隆信(2019)『「笑い」の解剖』慶応義塾大学出版会

⑥ 「対話」を加速させる心のパワー 8つの原則

私たちは、いつも人を信頼できるわけではありません。
心のパワーを保てている時、「信頼」は強まりますが、落ちている時は、「信頼」できなくなります。
つまり「信頼」は、心の力と連動していると言えるので、大切なことは心のパワーを保つことです。
心のパワーを保つことで、対話を阻む心の壁を壊し、対話を加速していきます。

孤立・孤独・排除

誰かとつながっていた時はパワーを保てたが切り離され力を失うと、信頼もなくなった。

不全感・喪失感

目標を見失うと・・・パワーも失い
人を信頼できなくなることがある。

自己否定・役割喪失

他者から傷付けられ、自分に良いイメージを持てずに苦しむとき、自分や他者を信頼することができなくなる。自分には何の役割もなく、誰からも必要とされていないと感じる時、信頼できなくなる。


心のパワーを保つ8つの原則

あらゆる否定的な環境は人をパワーレスにし、心を傷つけ、自分は大切でないと感じさせてしまいます。
そんな時、心のパワーを保つ8つの原則を思い起こしてみましょう。
問題が複雑であっても、シンプルな原則とその組み合わせを考えて、解決を試みましょう。

 

⑦ 「共有メンタルモデル」

チームがよりよい業務を行う条件

すべてのチームの構成員が「自分の役割に対して優れている」と同時に「優れたチームプレイヤーである」ということ。

 

(例)野球選手のメンタルモデルの原型

出典;
秋保亮太ほか(2016)「メンタルモデルを共有しているチームは対話せずとも成果を挙げる」『実験社会心理学研究』55(2),101-109
Cannon-Bowers, J. A., Tannenbaum, S. I. and Salas, E., et al. (1995) Defining Competencies and Establishing Team Training Requirements, Guzzo, R. A., Salas, E. and Associates eds. Team
 Effectiveness and Decision Making in Organizations. Jossey-Bass, 333-380.
伊藤栄治監修(2005)『野球上達BOOK守備 &フィールディング』成美堂出版を参考に連携プレー図を作成
株式会社リンクライン(2018)「石鹸作りの作業工程」資料
菊地和則(2009)「協働・連携のためのスキルとしてのチームアプローチ」『ソーシャルワーク研究』34(4),17-23
菊地和則(2018)『共有メンタルモデル〜障がい者の就労・雇用の場合を考える〜』資料
Salas, E., Cannon-Bowers, J. A. and Smith-Jentsch, K. A. (2001) Team Training, Karwowski, W. ed. International Encyclopedia of Ergonomics and Human Factors Vol. Ⅱ. Taylor & Francis, 1391-1393.

石鹸作り業務の連携にみる「共有メンタルモデル」

「共有メンタルモデル」を職場で活かす

(1)これまでの業務は障がいのない人々により行われていた⇒障がいのない人々で共有メンタルモデルが構築されている状態。
(2)野球チームで考えると、障がい者は「10人目」の野球選手と考えられるかも?
⇒つまり、9人の選手で構築されたこれまでの共有メンタルモデルを 10人で再構築する必要がある!


業務を行うチームが障がい者を加えた新しい共有メンタルモデルを獲得すること

 

チームが新しい共有メンタルモデルを獲得するための前提
①障がいの特性を理解すること→「障がいの特性に合わせた配慮があれば仕事ができる」
②障がい者を特別扱いしない→「障がい者も一人の社会人としての責任を果たせる」
③障がい者自身も努力をする→「仕事を責任を持って行うための努力をしている」などが重要

自己の世界を広げ、モチベーションを高めること

 ここまで、「7つのポイント」について説明してきました。最後に、コクリ対話を深めた結果について話をしたいと思います。コクリ対話を進めていくと、信頼が育ち、心理的安全性が確保された環境がつくられていきます。個々の気持ちや思考に余裕(「スペース」「余白」)が出来て、内側に向いていた気持ちのベクトルが外側に向くようになります。いろいろな人の世界観や「主観フィルター」、組織(チーム)の「共有メンタルモデル」があることに気づき、それに対して好奇心や興味を持つようになります。チームで良い仕事がなされると、さらに強化され、他者や会社に対して、深い信頼と共感が生まれます。こういった経験は、これまでとは異なる世界を見たいというきっかけになり、その人の世界を広げてくれます。
 上手くコクリ対話ができると、仕事の成果にも結びつきやすくなるため、他者の役に立っていること、自己肯定感の高まり、成長の実感、チームの一員としての自覚等を感じやすくなります。自己や組織での学びが楽しくなり、相互作用による成長がさらにモチベーションを高めることになっていきます。


「7つのポイント」による対話のケーススタディ


『分かり合えなさ』を共感に変える体験を
どのように生み出していくか

 障がい者雇用の現場において、障がい者本人の困難さや行動背景と、企業の文脈やビジネスニーズとの間に横たわる『分かり合えなさ』に直面し、解決に奔走している実践者は少なくありません。
 こうしたケースの突破口となりうるキーワードのひとつが“コクリ対話”です。ここでは、事例を用いて、障がい者本人、マネージャー(現場管理者)、支援者(社内・社外)の三者が、コクリ対話をどのように進めていくのか、見ていきたいと思います。


対話が効果を生み出したケーススタディ


 経営者、人事担当者、マネージャー、医療・福祉・就労支援関係者、そして本人が、それぞれの立場から対話の実践者となることが望まれます。

■過去の就業経験からくるネガティブな価値観や行動様式を書き換えた

 担当業務に関する豊富な知識を有しているAさん。上司は積極的に改善提案を出してほしいと考えていました。そこでAさんを業務に関する会議に参加してもらいましたが、何も提案がない状態が続きました。支援者はAさんとの面談の中で、提案にあたり障壁になっているものの存在に着目して質問しました。「提案をしてみたいですか?」「提案を難しくしているものは何ですか?」「どうすれば提案しやすくなりますか?」など。回答までに時間がかかりましたが、Aさんの話をしっかり聴いてポジティブな反応を返していると、Aさんはゆっくりですが、いろいろ話をしてくれるようになりました。Aさんは前職で自分の意見を否定された経験から、『自分の意見は必要ない』と思い込んでいたことが分かりました。支援者は上司にAさんとの接し方の要点を助言しました。上司はAさんに「Aさんからの意見を必要としていること」を伝え、その後Aさんからの改善案が上司に伝えられるようになりました。

 

■中途障がい者の再就職で、職業人としての自己像を更新し、役割を得た

 Bさんは新卒で入社した営業職で困難さを感じ、発達障がいの診断を受けました。その後、障がい者雇用枠で事務職に転職しましたが、入力作業の間違いが多く、上司から指摘を受けていました。そこで支援者と解決策を見つける対話を試みました。「支援者:入力作業のどういうところが難しいですか?」「Bさん:文書とPCの両方を見ることが難しいです」「支援者:いつもの作業の流れを説明できますか?」「Bさん:PCを見た後に、文書のどこを見たらよいのか分からなくなってしまいます」。詳しく聞いていくと、Bさんの特徴である“視線で対象物を追うことの難しさ”が見えてきました。Bさんは、もっと自分のことを上司に伝えた方が働きやすいと感じ、支援者と共に自身の特徴を言語化することを試みました。Bさんは振り返りを経て自身でまとめた特徴を初めて上司に開示しました。上司はBさんに適した業務を検討することとなりました。さらにBさんは自分自身を理解したことにより、結果的に「他者から理解される体験ができた」と語りました。 

 

■過程を客観的に振り返り、手段の獲得と成長につなげた

 Cさんは会議で発言する際に、毎回緊張して理想とする発表ができないと感じていました。そこで支援者と一緒に会議で起きていた事実を振り返りました。支援者が「理想とする発表はどのようなものですか?」「会議で困っていることは何ですか?」「どういうサポートがあれば解決しますか?」といった質問をしたところ、Cさんは緊張で言葉数が増え、他者に分かりにくい印象を与えていたことに気が付きました。またCさんは文章が得意であり、強みを生かした代替手段を検討することも考えられました。Cさんはあらかじめ話したいことを箇条書きにして会議に臨むようになりました。自身で取り組める対策を見つけたことで、Cさんは自身の理想とする姿を目標にして前向きに会議に参加するようになりました。


対話が必要だったケーススタディ


 現行の障がい者雇用制度では、“業務遂行の障壁となるもの”について、障がい者本人から合理的な説明をすることが求められています。しかし、入社直後の障がい者が企業の文脈を理解し、かつ、合理的配慮を求めることは容易ではありません。これまでのネガティブな経験から、伝えにくくなっている場合も考えられます。D&I経営にあたり理想的なのは、マジョリティ性を有する企業側から、創造的な対話の働きかけがあることです。次ページでは、対話が発展しなかったことから、結果的に退職に至ったケースを取り上げます。こうしたケースは個人の資質の問題として扱われがちですが、本質的な課題や解決策に迫る対話へと発展させるためのヒントに満ちています。

 

■互いのフィルターに気づけず対話が発展しなかった

 一部上場企業に勤務する課長aさんは、障がいのある部下bさんに対して業務を通じた成長を望み、質問を受けた際に「まずは自分で考えるように」と指導を繰り返しました。bさんは困惑していましたが、まずは自分で考えるべきだという言葉を受け取り、報告をすべき場面でも進捗を伝えませんでした。後日、手順の漏れが発覚し、bさんは失敗を経験しました。就労支援機関の支援担当者がbさんと面談した際、bさんは上司が明確な指示を与えてくれず放置されていると訴えました。
 支援担当者は、過去の就業経験のヒアリングや業務観察を経て、bさんには業務の全体像をとらえ手順を設定することや優先順位付けの困難さがあると見立てました。bさんの気持ちを大事にしながら、業務の振り返りを試み、より良くしていく方法を一緒に探していこうと提案しましたが、bさんは課長aさんと会社への不満を強めており、業務に焦点を当てた対話は困難でした。
 一方、支援担当者は課長aさんに対して、bさんの見立てと適した業務指示の方法を勧めました。課長aさんは問題解決のために具体的指示を取り入れましたが、bさんとの間に信頼関係を回復することは難しく、bさんは2か月後に退職しました。
 後日、支援者と課長aさんが面談した際、aさんには過去のマネジメント経験から『人は自分で考える経験を経て成長を遂げる』という価値観があることが伺えました。bさんには明確な診断がついておらず、合理的配慮要請もなかったことから、先入観で障がい特性を決めつけることは望ましくないと考え、先々の成長を期待して接していたということでした。

対話を発展させるタイミングはどこにあったのでしょうか?

①障がいのない人から見た仕事における価値観を無意識的に反映していないか

発展のポイント
・マジョリティ性を持った側が自身の「特権」に自覚的になることが対話の前提である。

・指導に当たり、相手の世界観、この場合はbさんの学習パターンを見つけ出す対話から開始する。

 

②業務指導の場面でbさんと信頼関係を築くことができていたか

発展のポイント
・業務指導にも対話を適用できる。気持ちや理解の状況、理解しやすい方法についての質問が有効である。
・初めの業務で小さな『責任』を設定し、サポートしながら達成することで互いへの『信頼』が生まれ、新しい職場に対する『肯定的なイメージ』を生み出すことができる。

 

③課題発生時には解決策をともに創造する対話を試みたか

発展のポイント

・事実にもとづいて業務の過程や成果を振り返り、期待されていた望ましい行動を具体的に共有する。
・支援者の見立ては診断やラベリングではなく、『どうすればできるか』を具体的に検討する材料とする。

④bさんとの関係を回復する対話は試みたか

発展のポイント

・bさん側から見たストーリー(物語)を気持ちも含めてしっかり聴く。
・bさんの言葉を受けて、aさんから直接bさんへ指示方法の変更と再度チャレンジすることを提案する。
・bさんが行おうとしたポジティブな面に目を向け、bさんに伝える。
・aさんの言葉の背景にあった『成長への期待』を伝える
※紹介したケースは民間企業の障がい者雇用場面の複数の実例を編集したものです。