株式会社 ラグーナ出版

職員数 8人
サービス管理責任者
(うち賃金向上達成指導員)
(うち職業指導員)
(うち生活支援員)
1人
1人
2人
2人
利用者数合計 29人
精神障がい 29人

 「地域の中に居場所をつくりたい」ここが原点である。精神疾患の治療のためには、尊厳や自尊心の回復が大切であり、そのためには「役割」を持つことが必要という思いからラグーナ出版はスタートした。鹿児島県は、精神科の長期入院患者が人口あたりで最も多いそうだ。そういう事情もあり、精神科で10年間働いていた川畑氏(代表取締役社長)がデイケア、入院患者と共に「働くこと」を始めた。それは就労継続支援A型事業所の設立へとつながり、現在、29名の精神障がい者が、自費出版・共同出版等の出版事業、名刺やチラシ等の印刷物作成、文字入力やテープ起こし、イラストや似顔絵の作成、本の修理、製本等の業務を担って働いている。
 川畑氏はスタッフに「人に仕事を合わせる。その時はあせらず、ゆっくり確実に、健康に」と伝えているそうだ。病気の経過は、余裕、無理、あせり時期がある。余裕があるときは無理がきくが、あせっている時に不眠と孤立があると誰でも病気になる。
 そう話をする川畑氏も最初の5年は大変だったと振り返る。ある日、自分一人でやるのが手一杯と気付き、社員に任せた。ほぼ丸投げであったが、「役割を与えてもらえてはじめてここが居場所と思えるようになりました」と言ってくれた。その時に改めて「役割」が重要だと思うに至り、業務を細かく分けて役割が実感できる活動を続けている。


治療は仕事


 ここでは「治療は仕事」という言葉をよく使う。「健康に替えられるものはないから、大事なのは『治療という大仕事』を達成することで、その後に一般の仕事をしてくれればいいよ」と川畑氏は話す。ここでは、セルフケアシート(「株式会社キタムラ」の事例を参照)に似たような「体調管理シート」を毎日、勤務前と勤務後に書いてもらっている。体力、気分、集中力を把握するために付けてもらい、特に睡眠がしっかり取れているか確認する。体調管理シートは、ほんの数分間ではあるが自分で体調を管理することと各チームの長と話す時間をつくるねらいがあるとのこと。自分で今の自分の状態をチェックして評価する(自己評価)、そして、支援者も客観的に本人の状態をチェックして評価する(他者評価)ということを毎日している。


「過去の経験に学ぶ」


 川畑氏は「その人の歴史」を大切にしているそうだ。この人は、過去にこういったことで(病気が)発症している等、同じパターンを繰り返していないか確認する。自己評価と他者評価が乖離していないか、乖離している場合は、その溝を埋められるように工夫して話をする。過去の経験から学べるよう「この前の症状出現の直前の状態を思い出してみようか」と穏やかに話す。経験がないことを話すと説教になるので、「あのときの対処が良かったよね」「どんな対処をしたの」と本人と話をする。回復したときには、「もし今度また調子が悪くなった時に『この対処をしよう』という話をするからね」と本人に前もって言っておく。症状が出たときがチャンス。症状が、そして、過去の経験がこれからどうすべきかを教えてくれる。症状は不安定な足元を照らしてくれると捉え、本人にもそう伝えている。最も危険だと思っているのは、寝ていないのに調子がいいとき。そのあとに大きな揺り戻しが来る。すぐに本人と話し合いの時間を持ち、対処方法を一緒に考える。


「人生はたくさんの道がある」


 自立訓練事業ではリワークのために通所している人もいる。追い込まれた人は、人生は1本道しかないと思っていることが多いので、その道が絶たれるとその先が見えなくなり、不安になる。そういう人には「あなたはたくさんの可能性を持っていて、いろいろな人生があると思える余裕をつくっていきましょう」と本人と家族に話をするそうだ。人間は部品ではないので、ここは上手くいかないところを直す場所ではない。人生にはたくさん道があるということを本人が気づけるようにサポートする。それには、よく寝てご飯を美味しく食べ、孤立しないことが基礎であると考えている。
 余裕が出てきたら、本人の「実験精神」を大切にしサポートする。「実験」というのは、ポジティブデータだけでなく、ネガティブデータがたくさんあって、それに少しずつでも対処することで成功に導かれていく。その精神とは、次に踏み出す勇気のことだ。「実験精神を失わないように」と声かけをしているそうだ。


「優しい無関心」


 ラグーナ出版の良いところは「優しい無関心」と言った人がいたそうだ。ここは統合失調症の人が多く、あまり自己表現しない穏やかな人が集まっている。自己表現をしない人が多いからこそ、一人ひとりの様子や状態を体調管理シートや目で見て把握し、調子が悪くなっていないか、調子が悪くなる兆候がないかよく見ている。それをしっかりすることがお互いの信頼関係にも繋がる。
 信頼関係とは基盤であると考えていて、最低限、その人の様々な情報を頭に入れておくことから始まると川畑氏は話す。福祉としてではなく、会社の代表として、家族構成や好きな食べ物など、本人のことをよく知ろうとしているとのこと。その人との距離の取り方を知っておくことも大切なことである。


「本人のセルフケア力」「現場のサポート力」「外部の支援力」の理想的な割合


 「働き方」が議論される昨今だが、障がいの有無に関わらず大切なことは、「その人の強みに合わせた業務配置とその人の体力に合わせた勤務時間の設定、そして、孤立を生まない組織づくり」と川畑氏は言う。個人の強みと体力を無視し、そこに孤立が加われば誰でも精神疾患になりうる。
 「私は、私とその環境である」という、思想家オルテガの言葉を借りるまでもなく、会社が本人のセルフケア力を高める環境となりうるか否かが、精神障がい者の一般雇用が長続きする試金石となる。具体的には、短時間雇用からはじめ余裕を確かめながら月ごとに勤務時間を設定していくことと、2名から雇用し孤立させないこと。役割が明確で相談体制が整っている会社には障がいの有無に関わりなく社員が長続きする、といえよう。また、最初に述べたように、患者は治療という大仕事のために通院は欠かせない。気持ちよく通院できる職場の雰囲気作りが必要である。本人と会社と医療の呼吸合わせがうまくいくことが雇用が長続きするポイントだといえよう。