植村牧場 株式会社

従業員数 28人
障がい者数合計 12人
知的障がい   
12人

 奈良県内に明治16年に創業され、今年136年を迎える植村牧場がある。品質の高い牛乳をつくり、牛舎は重要文化財に指定されている。代々引き継がれた伝統的な製法を守り続け、搾りたての牛乳を大釜に移し、75度で15分低温殺菌された牛乳は、熱による成分変化が少なく、搾りたての牛乳に近い甘みのある濃厚な味わいがある。後味すっきりの丸い味がするおいしい牛乳である。
 ここでは40年ほど前から知的障がい者が働いている。今では12名が働き、うち8人は住み込みで働いている。雇用のきっかけは人手不足だった。彼らは牧童と呼ばれ、彼らが働く日常が『小さな町の牧童たち(アズマックス製作)』という記録映画になったこともある。2014年には、地域の活性化や所得向上に取り組む農林漁業者「ディスカバー農山漁村の宝」に選ばれ、国から表彰を受けた。最も長く働くのは勤続32年のマコトさん。彼らは、4時から牛の世話、掃除をし、搾乳、殺菌、瓶詰め、約600軒の配達まで、一連の仕事を担う。重度の知的障がい者も多いが、一人ひとりが与えられた役割を何の指示もなく黙々とこなしていた。しかし、ここまで来るには本当に長い挑戦と試行錯誤があったと四代目牧場主である黒瀬氏は教えてくれた。


個々の特性や強みを活かす


 「できるようになるまで、本当に時間がかかるけど、一度覚えたら忘れない。それぞれの個性や特性をしっかり理解して、じっくりと時間をかけて何度も何度も教えていけば、いつかは応えてくれる。障がいがあっても、牛と牛乳に関してはプロフェッショナル」と黒瀬氏は笑顔で話してくれた。黒瀬氏は彼らのことを本当によく知っている。よく観察し、彼らの目線で考え、個性や特性を見極めて仕事をさせてきたとのこと。
 植村牧場は、二代目の武一さんに機械化を提案したとき、「たかが20〜30頭で機械化して食べていけるのか。酪農は、朝から晩までコツコツ身を粉にして働いてもやっていけるかどうか。そのことを肝に銘じて生きていきなさい」と言われた。その教えを守ってきたため、最小限の機械しか入れていない。よって、手作業が多く残り、そのほとんどを知的障がい者が担っている。手間のかかる伝統的な製法を人手をかけて貫いているからこそ、それが牛乳のおいしさにつながり、商品の価値となっている。


本人の気づきとモチベーションを高める


 牛の世話をし、搾乳、瓶洗い、瓶詰め、牛乳ができあがるといった一連の仕事を1つの場所で行うことは、知的障がい者にとって「仕事することがどういうことか」理解しやすく、それが仕事のモチベーションにもつながっている。また、健康な牛を育て、美味しい牛乳をつくることが彼らの誇りであり、牛と牛乳に関するプロフェッショナルという自覚や近所からの応援も彼らのモチベーションを高めていると考えられる。


失敗しながら成長に向けて挑戦する


 2〜3年ほど経つと、それぞれできることも増え、自主的に仕事ができるようになった。しかし、ここに来るまでには長い道のりがあった。庭の雑草抜きを頼むとコケやサツキなど、ありとあらゆる草木を抜いてしまう。牛乳瓶を持つこともできず、何度も落として割ったり、平坦な道で何度も転んだり、約束が守れなかったりした。言葉がうまく話せず、感情にムラがあり、コミュニケーションが上手くできないときもあった。それでも、根気よく体が覚えるまで繰り返し、繰り返し教え続けた。そのうち、失敗しても「やめへん。がんばる」というようになった。黒瀬氏は、厳しくも優しく、諦めずに教え、彼らを約40年間、見守ってきたのである。
 こういうストーリーもある。牛乳配達を教えるため、最初は一緒に同行し、牛乳瓶を渡して牛乳箱に入れさせることを毎日続けた。「この家には◯本配達する」ことを理解するのは難しかったため、「大きい松の木がある家は2本、ワンワンの犬小屋が置いてある家は3本」と本人が理解しやすいように教えた。時間はかかったが、完璧に配達してくれるようになった。時に家の様子が変わり、間違えるときもあったが、その時は近所の人が理解を示し、温かく見守ってくれた。牧童たちは牧場と近所の人に育てられながら、仕事ができるまでに成長していったのである。


「牧童を通した深いつながり」


 黒瀬氏は「仕事だから、しなくてはいけない仕事はしなくては駄目」と、また「お客様の口に入るものだから衛生には気をつけること」と彼らに厳しく教えてきた。「一番怖いはず」と黒瀬氏は笑って話すが、黒瀬氏が風邪を引いて咳をしていると紅茶を入れたり、のど飴をくれたり、優しく気遣いをしてくれるそうだ。もともと愛情深く彼らと関わっているのだと、彼らとの接し方や彼らのことを話す眼差しから想像していたのだが、やはり彼らと黒瀬氏の間には、非常に深い信頼関係があるように感じられた。
 また、植村牧場は近隣やお客様との信頼関係も厚い。「雨の中、文句も言わずに一生懸命働く姿を見ているとこちらまで元気になる」と彼らが一途に働く姿を見て、応援し、ファンになってくれる人も多いそうだ。8年前、検査で大腸菌が検出され、保健所に届けた時、すべてのラインを消毒し、安全が認められるまで休業ということになった。創業以来の初めての休業で、お客様が離れていくことや苦情も覚悟したが、逆に電話やFAXで励ましの声をいただいた。ラインを管理する会社の人は夜通し清掃をしてくれ、次の日には再開することができた。
 植村牧場の最大の危機は、長年、おいしくて質の高い牛乳を一日も欠かさず配達し続けたからこそ、まじめに一生懸命働いている彼らがいたからこそ、それを見守り、サポートし続ける黒瀬氏がいたからこそ、多くの人の信頼関係によって乗り越えることができたのである。


「本人のセルフケア力」「現場のサポート力」「外部の支援力」の理想的な割合


「本人のセルフケア力:5」「現場のサポート力:4」「外部の支援力:1」

本人のやる気とがんばりが大切。それを見つけ、サポートしていくのが私たち。困ったときや高齢になって働くのが難しくなったときは行政などのサポートが必要になってくる。