公立大学法人 奈良県立医科大学

従業員数 2906人
障がい者数合計 51人
身体障がい
(肢体不自由)
(内部障がい)
(聴覚障がい)


6人
3人

3人

知的障がい 28人
精神・発達障がい 11人

※奈良県立医科大学
 2022年度報告内容


 公立大学法人奈良県立医科大学は、奈良県橿原市にある高度な先進医療の提供や高度救命救急センターの設置、医療従事者を含めた職員数は2,000名以上、病床数は約900床を設ける県内唯一の機関病院である。障がい者雇用の取り組みとしては、知的障がい者と精神障がい者を中心に現在55名の係員(勤務する障がい者の呼称)が同法人で勤務している。障がい者の仕事としては、主には病棟内にある医療現場にて看護助手の補助業務、他にもPCを使用した「事務補助」、基本業務となる「タオル折り」などがある。看護助手の補助業務とは、「ベッドメイキング」「院内各所の清掃」「機材の運搬」「その他雑務」となり、患者が入院している病棟で多くの係員が業務に従事している。障がい者を支援する支援者は、障害者雇用推進マネージャーの岡山氏を入れて4名である。
 障がい者の雇用を考えたとき、障がいの特性によりできる仕事が限定的となってしまう人も多い。一方で誰もが取り組める仕事を用意できれば、障がいの特性に影響なく勤務できる人を増やすことができる。そのため、基本業務として「タオル折り」を障がい者の仕事として切り出した。同法人での障がい者雇用の勤務は、係員全員が「タオル折り」の基準を満たした人になっている。同法人での就労前実習に来る実習生は必ず「タオル折り」を経験することになっている。別の効果もある。部署に配属された係員が業務とのミスマッチや職場でのトラブルにより働くことに対して自信を失ってしまった時に、一時的に基本業務である「タオル折り」の場所に戻れるようにしている。新たな業務とのマッチングを模索したり気持ちの切り替えの時間を取ることで、係員が長く勤務することができるようにしているのだ。


仕事を通した信頼関係の構築


 障がい者雇用の取り組みを進めるにあたり、大事にしていることは看護病棟で勤務する看護師・看護助手との良好な関係性である。職域が広く、労働力も必要な看護病棟の仕事は係員が担当する業務の切り出しが多く行える職場である。そのため、看護病棟で勤務する看護師・看護助手との関係性は障がい者の職場定着にも大きく影響を与える。一方で看護病棟は専門性の高い職場であるため、一部の看護師は障がい者の受け入れにはどちらかというと否定的で、配置された係員に対して「説明をしても仕事ができない」などのクレームもあった。係員の配置を始めた当初は職場からの理解が得られなかった。
 そのような中であっても、マネージャーの岡山氏は配置先の看護師長と話をし、各部署での雇用を進めてきた。「私はいつも障がい者も健常者も一緒だと思ってるんですよ。仕事するにはもちろん(障がいに対する)配慮は必要ですけど。そこは、(配属先の)皆さんも初心に戻って(指導してもらいたい)。最初から分かる人っていないじゃないですか。自分が(新人のときに)どうやったかっていうのを思い出して、丁寧に指導していただいたら、それで(係員も仕事が)できていくようになる」
 まずは障がい者雇用に協力的な看護師長の部署で係員のできる仕事から取りかかった。徐々に看護師からの信頼を得た結果、看護病棟では係員が必要不可欠な存在となった。土日など係員が出勤しないときでも「出勤してほしい」と現場の看護師から要望の声が上がるほどの状況となった。これは、「専門性を求める」「危険が伴う」といった仕事であっても、それらの仕事を細分化することで、その仕事の前後にある障がい者が取り組める作業の切り出しを行ったため、さらに、障がい者自身が正確に仕事をこなし、その結果の積み重ねがあったからこそである。仕事によってお互いの信頼関係が構築されていったことを証明したのである。看護助手が受け持つ仕事の中には専門的な知識や経験がない人材も取り組める付随的な業務がある。それら付随的な業務は障がい者の適性にマッチした仕事でもあったため、看護助手から仕事を切り出し、係員がその付随的な業務を担当することで看護助手はより専門的な仕事に取りかかれることになった。


プロとしての仕事


 障がい者と職場の関係性も重要である。係員が在籍するのは「障害者雇用推進係」であるが、業務上の指揮命令は職場の所属長としている。看護病棟であれば看護師長となり、仕事上の相談事も看護師長が対応する。これは、各職場で勤務する障がい者を単なる労働力として見るのではなく、コミュニケーションを図りながら係員の適性により仕事で能力を発揮できるようにマネジメントしてもらう役割を認識してもらうためである。
 業務以外の「体調」「人間関係」「仕事の適性」に関する相談は障害者雇用推進係が行う。相談の中には「仕事は自分に合わない」「違う仕事がいい」といった本人からの要望について障がい特性が理由なのか本人のわがままなのかの見極めが難しいものもある。そのため「採用前の実習」「支援機関との情報共有」「普段の様子」などから障がいの特性を見極めることで業務との適性について判断を行う。厳しい言い方になるが、係員には「仕事はしんどいものである」と理解してもらわないといけないと岡山氏は話す。退職しようか迷っている係員には、「働く場所はここだけではないから自分に合うと思うところを探してもらって良い」と伝えているが、自ら退職する係員はほとんどいない。障がいがあるという理由で、仕事の質を変えることはできない。皆がプロとして仕事をしているのである。


双方が交わす正直なコミュニケーション


 働く係員の中には自分の意見や感じたことを素直に伝えることをためらう人が少なくない。これまでに学校や職場で発言したことに対してしっかり聴いてもらえなかったり、「無理だ」といった反応を繰り返し経験してきたりした結果、自尊心が傷つき自分の思ったことを人に伝えても聞いてもらえないと感じるようになった係員が多いためである。そこで岡山氏は、職場では、業務上で感じたことを自分で伝えられるような環境を設け、係員が「ここでは自分の意見を言ってもいいんだ」と感じられるように努めた。その結果、自分の考えや意見を伝えられるようになった係員は仕事についても自信を持って取り組むことができるようになった。
 職場で係員同士の揉め事が発生した際には、職場の支援担当者が間に入って仲裁するのではなく、関係する係員同士で解決に向けた話し合いをする会議を設ける。揉め事が起こる原因は様々ではあるが、中には同じことを繰り返してしまう係員もいる。その場合、当事者である他の係員から改善点に対する厳しい指摘や注意する発言があるのだが、当事者である係員の中には改善点について気づきがあってもプライドが高くて認めたくないと態度で表す人もいる。時には会議の見届け役として参加している岡山氏が係員の発言や態度に対してたしなめる場面もあるが、障がい者である係員同士で正直な意見を出し合うことを尊重している。お互いの気づきを大切にしているのだ。


ちゃんと伝える。素直に正直に。


 障害者雇用推進係ができた当初は、係員に対して遠慮する気持ちがあった。そして、双方の距離ができたことでギクシャクした職場になっていた。このときの心境について岡山氏は、「このときは気を遣って仕事をして、本来の自分を発揮していなかった。口先で言うていれば良いと思いながら、何とかなると思っていた」と話してくれた。でも、ある時、決意する。このような状況を変えたいと、行動を起こした。  
 係員に対して思ったことを伝えた。そうしたら係員の1人から「よく言いましたね。いいですよ、ちゃんと思ったこと言って」という言葉が返ってきた。「(彼らは私のことを)しっかり見てます。だからそういうふうに言われて、『これでいいんだ!』って。そこからぐっと吹っ切れた。彼らに助けてもらえた。(だから)ちゃんと伝える。素直に正直に」この出来事が岡山氏の障がい者雇用への向き合い方を決めた。それを貫いて10年。係員からも少しずつ信頼されるようになり、岡山氏が係員に伝えたかった「仕事の大切さ」「仕事を通じて求められている役割や責任」について理解してくれるようになった。今では、岡山氏は多くの係員から信頼され、係員が配属先の各部署で頑張るための心の拠り所となっている。