奥進システムは大阪市にあるweb(インターネット)技術に特化した業務を行っている会社である。売上の85〜90%はwebシステム開発が占めており、web技術を利用した業務管理システム(受発注管理・在庫管理・ECサイト等)を開発している。構成員は、役員2名・社員9名であり、うち9名が障がい者である。基本理念は「私たちと、私たちに関わる人たちが、とてもしあわせと思える社会づくりをめざします」であり、経営理念は、新しいことに積極的に、主体的に行動するという意味の「進取」、どんな環境下でも自分の力で最善の方法を考えて主体的に行動するという意味の「自立」、経営活動において、社会に対してできることはついでに積極的に取り組んでいくという意味の「奉仕」である。
同社の根本的な姿勢は「みんなが働きやすい職場づくり」である。役員・社員11
人のうち9名が障がい者であるが、障がい者を積極的に雇用してきたわけではないという。代表取締役の奥脇氏は、社会的に意義のあることを積極的に取り組む中で障がい者の職場実習をする機会があり、結果的にその人材が会社に必要だと考え雇用したのだが、それがたまたま障がい者だったと話してくれた。雇用を前提とした実習は行っておらず、採用するときも社員が会議をして決定する。根っこに「みんなが働きやすい職場づくり」という考え方があるので、それぞれの社員が働きやすい職場になるよう環境を整えてきた。働きやすい職場は働く人が感じるものであって、会社が一方的に取り組むものではない。そのため、社員から「ここをこうすれば働きやすい」ということを聴き出す仕組みをつくってきた。
当社は「仕組みづくり」と「個別対応」を大切にしていて、仕組みをつくった上で、どれだけ個別対応をしているかということを徹底している。仕組み以外のところで特別対応をしてしまうと、なぜこの人だけ特別待遇なのかと周囲が思い、その人が仲間はずれになってしまう。それは組織として絶対やってはいけないことなので、まずは全体の共通ルールとなる仕組みをつくる。その上で個別対応をして、これは仕組みに組み込まなければならないと感じたら、すぐに実行する。
ないものをどんどん組み込むので、就業規則は毎年追加され、年を経るごとに内容が充実してきている。例えば、リハビリの復職規定も社員の要望があったから出来た規定である。リハビリをした後、復職する際に、100%の給料をもらうのがきついと本人から相談があったので、本人との話し合いの上で80%等の給料から始められるように規定した。このように、社員の話をしっかり聴き、必要があれば仕組みに組み込んでいく。この積み重ねで、みんなが働きやすい職場をつくっているのである。
みんなが働きやすい職場づくりには「対話」が大事で、それを実践しているところだと奥脇氏が話してくれた。対話した後に一緒に解決する姿勢も大切で、聴くだけではなく、どうすれば改善できるのかを考え行動する。会社で配慮できることなのか、それとも少しは本人が我慢し、折り合ってもらう必要があるのかをきちんと話す。当社では障がい特性による合理的配慮なのか、わがままなのかと考えることは一切しないとのこと。本人が言っていることをまずは聴いて受け止めた上で一緒に考えて、対応するところはする、できないところはお互いに折り合いをつける、という形で対話を続ける。奥脇氏が合理的配慮についていろいろ勉強する中で、合理的配慮の基本中の基本は「対話」というところに行き着いたそうだ。当事者同士で納得することが大事なので、ここでは納得できるまで話し合う。
極論を言えば、それで何ともできなければ、ここで働くことは無理だと判断するしかない。会社組織の中でやれることは、仕組み上、決まっているからである。「そんなケース今までないですけどね」と奥脇氏は話してくれた。
当社で働く発達障がいの人は仕事の優先順位を決めるのが難しいため、Backlog(チームで使うプロジェクト管理・タスク管理ツール)を使って、業務の見える化と優先順位を決めることを徹底的に行っている。誰がどんな仕事を担当して、どのようなスケジュールで行っているのか、期限はいつか、ということを細かく管理しているのだ。
当社はシステム会社なので自社システムを作り、Backlogのデータを取り込んで、社員全員のto doリストと進捗状況が一目でわかるよう「見える化」している。これにより、プロジェクトリーダーが、どの優先順位で仕事をこなすか、どれくらいのスケジュール感でやるのかを把握できるようになり、管理もしやすくなっている。
コミュニケーションを円滑に進めるためにもさまざまなツールを使っている。希望者には、SPIS(職場での気分や体調、仕事や他の人との関わりを簡単にチェックする日報システム)を利用し、業務日報については社員全員に必ず書いてもらうようにしている。その他にもChatworkというツールを日常的に使って、メールの代わりにチャットでコミュニケーションができるようにしている。画像やファイルも送信できるので、気軽に利用することができる。
打ち合わせや指示をする時は、口頭で伝えるが、ある人の場合はチャットで伝える、またある人はビデオ録画をし、そのデータを共有して伝える場合もある。個々に応じて、これまで一番間違いのなかった方法で指示を出すようにしている。奥脇氏は、仕事で指示を出したときには、その指示が通るまでが「指示」であると考えており、社内でも一貫している。人は「分かった」と言っても本当に分かっていないケースもあるので、そういったことを可能な限りなくせるように仕組みを整え、個別対応をしているのである。
奥脇氏が次のように語ったのが印象的だった。「12、13年、精神(障がい)の人とも一緒に働いて、15、16年、身体(障がい)の人と働いて、今パッと見たら、こんだけ配慮してんのかっていつも(外部の方から)言われるんですけど、最初はまったくやってなかったですからね。それの積み上げなんですよ、全部。私たちは学習する組織ですから」。
組織には決まった形がない。当然、最初は分からないからスタートする。ある人には上手くいったことも、別の人には上手くいかないこともある。そこで終わりではなく、この人に最適な形やできる方法はどのようなものかを常に考え続け、試行錯誤する。それを続けていくうちに、結果として、それらを行なったという経験が積み上がり、ノウハウもたくさん蓄積された組織となる。その経験と知見がその組織の「強み」となり、その「組織らしさ」そのものになる。ずっと実践してきた奥脇氏が教えてくれた。
重野氏インタビュー
■6年間、ちゃんと働けているぞ
当社の正社員である重野氏は、ここで6年間働いている。自閉症スペクトラムの1つである広汎性発達障がいであり、精神障害者保健福祉手帳3級を持っている。仕事内容はシステムの設計と作成であり、具体的には、企業の業務管理システムやECサイトのシステムを作っている。webページ上でデータのやり取りをして、データベースに保存、それを解析して出力するといった一連の流れを持つシステムを作成する。
重野氏は10年前の自分に「就職して6年間、ちゃんと働けているぞ」と言いたいそうだ。今では、会社に来る実習生の指導をし、去年から1人暮らしも始めた。「10年前の自分が聞いたらびっくりするようなことばかり」と誇らしげに話してくれた。
何が彼を変えたのか?「この会社に入ってからようやく分かったんですけれども、努力って実行だなって思うんです。努力してないとか、努力が足りないとか、学生時代はよく言われていて。結局、努力の中身が何だったのか分かってなかったからなんですけど。努力というのは1つ1つの実行の積み重ねであって」と重野氏が伝えてくれた。仕事をしていく中で、努力がどういうものであるのかを1つずつ体得してきたそうだ。
さらに「実行すると、失敗が怖くないのか?」とも問いかけた。「この会社は、失敗について正しい責任の取り方っていうのを、明確に示してくれたから怖くないです。責任を過剰に取らされるだとか、理不尽に取らされるだとかいうこともないですし。逆に全く取ってくれないとか、そういうことでもない。本当に、失敗した時に、責任追及に終始するのではなくて、どのようにそこから改善していくかとか、善後策を取るかとかいうことに集中させてくれるので、すごく助かっています。
学生時代はよくあったんですけれども。自分は何も悪くないのに、他の人の(責任)を自分に被せられるとか、本当に理不尽に感じていました。それがかなり自分の精神の、心の深いところにあって、何か他の人が失敗した時に自分が責任取らされるんじゃないかとか。ものすごく不安に思っていて。そういうところがないので、本当に働きやすいんです」。この会社での経験は、彼の過去の不安をも乗り越えるきっかけとなった。どのような環境に身を置くのかによって、ここまで結果に差が出るのである。
最後に、重野氏から仲間たちへメッセージをもらった。「誰かから言われたやり方というのは、確かにやり方を見つけるきっかけにはなると思うんです。ただ、結局それは他の人から借りたやり方なので、自分に100%合ってるとは限らないです。なので、まずはその人の言ったやり方でやってみて、その人のやり方がうまくいかなかった時、やめてしまうんではなくて、何が使いにくいかなと。そういう風な視点を持って自分のやり方にカスタムしていってほしいです」この言葉にも働きやすい環境づくりのヒントが溢れていると思った。
令和4 年度
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