株式会社パプアニューギニア海産は、大阪府摂津市にある天然エビの加工・販売を行っている会社であり、「好きな日に働くエビ工場」として注目されている。建てられて間もないオフィス兼工場は1階が天然エビの加工場で2階がオフィスやスタッフの休憩場所、加工商品等の販売スペースとなっている。1階の加工場では、制服を着用した正社員と複数名のパートスタッフがその日に決められた加工する数量に合わせて様々な業務に従事している。天然エビの加工業務には、「殻むき」「背わたを抜く」「重さの計量」「エビフライを作る」など、エビの大きさや加工する形態ごとに仕事を細分化している。出勤に制約のある主婦がパートスタッフとして最も多く勤務し、他にも男性スタッフや障がい者のスタッフも同様の業務内容で勤務している。
特徴の一つとして「嫌いな仕事はやってはいけない」というルールがある。勤務するパートスタッフが1ヶ月に一度、細分化された業務の中から嫌いな仕事を「嫌い表」で申告すると、それ以外の業務をするいう内容だ。自分で選んだ仕事に就くことで自主的な気持ちを持って仕事ができるようになれば、嫌いな作業でさえも、自ら進んでやってみようという気持ちになるかもしれないと話してくれたのは、代表取締役の武藤氏である。
そして、もうひとつの特徴が「好きな日に働き、休みの連絡をしてはいけない」というもの。パートスタッフは、勤務日数は1ヶ月に30時間以上、勤務時間は工場の稼働時間である8:40〜17:00の間であれば毎日好きな時間に出勤と退勤が可能という条件で働いている。武藤氏は毎日の午前中は工場内でパートスタッフと一緒に働いている。働く人の要望や意見等があれば、それを丁寧に聞くことで誰もが働きやすい環境づくりを目指している。
パプアニューギニア海産では、パートスタッフが勤務する加工場や社内に色々なルールを設けてある。例えばA〜Eまで5つの作業テーブルを準備。基本となるAの作業テーブルから、各自が自分で決めた「嫌いな仕事」以外の業務が準備されたB〜Eのテーブルに必ず移動し、またAのテーブルに戻る。それを繰り返しながらその日に決められた業務をこなしていく。一見してテーブルを行ったり来たりすることは効率が悪いように感じる。しかし、それは長い目で見ると、パートスタッフ同士の揉め事がなくなることを考えて全体効率がアップするように仕組み化されたものだ。この仕組みは武藤氏のこれまでの経験で培われたものだという。
同社では「人が他者と争わないようにするにはどうすればよいか」という視点から組織づくりをしている。その理由は、ここのパートスタッフの働く理由が、限られた時間でお金を稼ぐことだからであり、かつ、当社も業務を遂行してもらいたいと考えているからだ。「自分の仕事をこなすことだけ」に集中できるよう時間、場所、方法など、さまざまな観点から職場設計をしている。もしも会社を自分で深く考えて動ける組織にしたいのであれば、自分で考えられるような職場環境の設計をしていくそうだ。
ここでは月に1回、パートスタッフに「嫌い表」を書いてもらっている(写真左)。業務の内容が表に書かれていて、嫌いな仕事ややりたくない仕事に「×」を入れるというものだ。この「嫌いな仕事はやってはいけない」ルールは武藤氏の勘違いから始まった。「私は掃除が嫌いだから、みんなも嫌いと思って」しかし、実際に業務内容を表にして、スタッフにチェックしてもらったら、見事にバラけた。だれかの嫌い、やりたくない仕事はだれかの好きな仕事だったし、だれかの好きな仕事はだれかの嫌いな仕事だったのだ。×が付いている仕事は他のだれかがやる。そうやって会社全体でやるべき仕事を終えていく。
「嫌い表」がなかったときは、だれかがやらない仕事は、その仕事をやっている人にとっては、気を悪くするポイントだったそうだ。「なぜやらないの、ずるい」「これだけしかやらないの、ずるい」というように。しかし、表になって、皆が選べるようになると、だれかが「×」を外したとしても他のスタッフがやるだけで、そして、他のスタッフは自分も「×」を選べているので、他の人がやらない仕事は気になりにくくなる。「あの人は『これだけ』と思っても、苛立つのではなく、くすっと笑えるようになったように感じています。不思議ですよね、捉え方でこんなに違うなんて」と武藤氏は話してくれた。
この表は仕事を教える社員側も大いに活用している。大抵は、教える時は教える側のペースで教えることが多い。しかし、ここではこの表があるので、「教わる側」のペースを、「教える(会社)側」が知ることができる。教わる側は自分がやりたいと考えている仕事に集中して教わることができるのだ。失敗は減り、お互いにとってすごく良い結果になっている。
嫌い表を書いてもらうことで面白い変化もあった。「あえて苦手なものに突っ込んでいく人も出てきますよ。面白いことに。勤務時間が長い人って、「×」をつけたら(その仕事は)やってはいけないので、他の仕事を多くやらなきゃいけなくなる。それはそれで辛いんです。これやれって言われると嫌だけど、自分が選ぶんだったら、ちょっとやってみようかなみたいな気分になって。たまに「×」をはずして、1ヶ月だけ(試しに他の仕事を)やってみる人とかいる」。
この表によって、スタッフの嫌いなこと、やりたくないこと、できないことといった要望を聞きながら、それらが可視化できる。仕事とスタッフのミスマッチを無くしているのである。
パートスタッフの中には少数だが障がい者も勤務している。それぞれに障がいの特性があるため、できる仕事の幅は限定的ではあるが、多数を占める主婦のパートスタッフと同様に、自分で申告した「嫌いな仕事」以外の業務に就いている。自分で取り組める仕事をやっているのだ。これまでは社会との接点が少なく自宅から出ることが少なかった人も他のパートスタッフと同じようにフリースケジュールで勤務してもらっている。
今まで障がい者雇用について積極的に発信していなかったが、これまでの経験から、「会社がやってもらいたい業務」と「その人ができる業務」をマッチングするやり方を探せるのではないかと気づいたそうだ。、希望があれば本人の適性と業務との相性で判断しながら今後も障がい者の採用を検討していきたいと話してくれた。
当初、たくさん勤務するパートスタッフ同士が仲良くする組織を目指したが、結局は全員の公平性が取れなくなってしまい断念した経験がある。それは、周囲の人と積極的に会話などのコミュニケーションを図る人の意見がどうしても通る組織となってしまい、会話に参加することが苦手な人や仕事以外のことを話したくない人にとっては、自分は会社に必要がないのではと疎外感を感じるような組織になってしまったためである。この経験から、みんなにとって「居場所がある」と思える環境づくりを目指すことが重要と気づいた。組織の環境や雰囲気は社長(自分)が作っているものであると考えるようになった。サボっている人がいるのはサボってしまう環境にしてしまっているから。いじめる人がいるのはいじめることで力を持つことができる環境にしてしまっているから、というように。人の苦しみを取り除く組織を目指して、それを1つ1つ実践し、不具合があれば変えてきた。その繰り返しがあったからこそ、今の仕組みと組織がある。
当職場で従業員と一緒に働きながら感じた改善点やアイデア、発生した出来事をきっかけにした気づきをもとに従業員やパートスタッフから出された提案内容を踏まえながら、日々新たなルールを作り、それをすぐ実行している。例えば、挨拶についての改善提案。1人の従業員が挨拶についての苦しみを話してくれたので、嫌い表に「工場での挨拶」を入れることにした。もともと武藤氏は職場での挨拶は大切なことだと考えていた。ところが嫌い表に挨拶の項目を入れると、4人の従業員が嫌いを表明したことに驚いた。それと同時に武藤氏は「自分の思い込みだけで環境やルールを作ってはダメだ」と気づきがあった。
また、特徴的なルールとしてパートスタッフ同士で仕事を教え合わないことがあり、新人スタッフが来たら正社員から仕事を教えるようになっている。理由は、パートスタッフ同士で教え合う関係を作ると上下関係が生まれてしまい、その後の勤務に大きな影響を与えることになるためである。
こういったルールは、日々パートスタッフからの意見を取り入れながら作られ、共有され、実行されて不具合があるとすぐに変更する。武藤氏は、パートスタッフの意見や提案はしっかり聴いている。しっかり聴くというのは、それを持ち帰って自分の中でしっかり検討し、出した答え(その意見や提案が受け入れられなかったとしても)を相手に伝え、納得してもらうことであると話してくれた。まさに、日々の「対話」の積み重ねがこの会社のDNAと仕組みを作っている。
令和4 年度
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