コクリ対話では、2
つのことを大切にしています。「個人」と「チーム(組織)」のバランスです。良いチームの定義にもある、「個々がこのチームの一員と感じられていること」そして、「求められた仕事を一人ひとりができること・チームとして成果を出せること」。その2つを一方に偏りすぎることなく、バランスよく保っていくことが多様なチームが目指すべきものであり、そのために「対話」という方法を使います。
ここからは、「個人編」と「チーム(組織)編」に分け、エッセンスについて説明していきたいと思います。エッセンスは全部で10個ありますが、ここでは特に重要な6つを取り上げます。全部ご覧になりたい方は冊子『多様なメンバーでディーセント・ワークを実現するチームのつくり方 ― コクリ対話で仕組みを設計・調整する―』をご覧ください。
(個人編)
1、心理的安全性を感じられる環境
2、主観フィルター(メンタルモデル)
3、よい学びのパターンを見つける
(チーム編)
1、共有フィルターをつくる(共有メンタルモデル)
2、相互学習
3、「個人」と「チーム(組織)」のバランスをとる
「個人の力を発揮する」「仕事の成果へと結びつける」ためには、まず「個人をよく知る」ところから始まります。そのために、不可欠なエッセンスは、心理的安全性を感じられる環境づくりです。心理的安全性は、組織行動学の専門家エイミー・C・エドモンドソン(Amy C.
Edmondson)によって提唱された心理学用語で、「チームの中で率直に自分の考え・感情を伝えても、安全である(拒絶、非難、恥ずかしさ等を感じて対人関係の悪化がない)という信念が共有されている状態」とされています。つまり、心理的安全性は、単なる「雰囲気や居心地の良さ」ではなく、たとえ意見の対立があっても、そこで終わらせず、話を聞いてそこから学び合おうとするチームの状態のことです。
例えば、障がいのある社員が合理的配慮を求めた時に、それが会社として難しい内容であったとしても、まずはなぜそのような配慮が必要なのか、本人の話を丁寧に聴くことが大切です。「すぐに拒絶・非難されないから話せる」と本人が感じられる状態かどうか、というのがポイントです。もう1つのポイントは、意見が異なっても(その合理的配慮は会社として難しくても)、本人が何に困っていて、なぜこの話をするのかという背景を考え、違う方法でその困難さを一緒に解決できないかを話し合う(学び合う)ということです。本人の考える合理的配慮をそのまま受け入れるということではなく、会社の事情を説明しながら、どうすれば求める配慮の本質を捉え提供できるかを考えます。
本人が話そうと感じられる環境がなければ、多様さを活かせるチームをつくることはできません。ですから、心理的安全性を感じられる環境(だれに話すか担当が決まっている、定期的に話せる決まった時間がある、上司部下の関係ではない人(人事、他部署)が話を聞く機会がある、外部の支援機関とつながっている等)は要となるエッセンスです。
その人をよく知る(他者理解)ために、コクリ対話を行うわけですが、主観フィルター(メンタルモデル)はその基本的なエッセンスの1つになります。
人はなぜ、同じ出来事を見たのに、違う見方や感じ方をするのでしょうか?
ここで質問です。あなたにとってのオレンジ色はどの辺りの色ですか?
全員が、「せーの」で指差しをすると、ほとんどの人は異なった箇所を指すと思います。
これが、その人らしさですね。いろんなオレンジがあって豊かだなぁと思います。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
人は誰しも「主観フィルター(心理学で言うと、メンタルモデル)」を持っています。イメージとして、個人だけが持つとてもユニークなメガネのことです。
これは、これまでその人が経験してきたこと、持っている知識などからつくられてきた価値観などをベースに無意識に形成された「ものの見方の枠組み」です。
さきほどのオレンジで言うと、なぜその色をオレンジと思うかの無意識的な部分です。ある人は、大好きだったおじいちゃんと一緒に夕陽を見た時に、「きれいなオレンジ色だね」といってくれたとても幸せな経験があり、そこからオレンジ色ということを学び知識を得ます。その人にとっては、そのオレンジが良い思い出も含めて、その人の「オレンジ色」になります。こういう経験を人々は重ねて、主観フィルターを形作っていきます。もちろん、あまり思い出したくもない経験も含めて。そう考えると、主観フィルターといったメガネは、その人そのものであり、その人にとってとても大切なものです。
このように、100人いれば100通りの主観フィルターがあります。しかし問題は、私たちが「そのフィルターを通して」でしか世界を見られないことに、ほとんど気づいていないのです。自分の見え方(主観フィルターを通した世界)が「当たり前」で、時に「客観的である」とさえ思ってしまいます。
そして、さらに難しいことに、実際に他者とコミュニケーションを行う際は(上側の「意識」上で行う)、こうした一人ひとりの複雑な背景や感情は知らされず、それらの一部を切り取った言語や感情でしか表されないのです。つまり、私たちは常に“不完全な情報”で他者とやりとりをしています。だからこそ、前提として「分かり合えなさ」があるのです。そして、障がいがあると、主観フィルターもさらにユニークになり、「分かり合えなさ」が増えていきます。
ここで「分からないから仕方ない」で終われば、チームは機能しません。しかし、「分かり合えないのが前提だ」と理解した上で対話を始めると、「仕組みの設計」の可能性が生まれます。特に障がいがある場合、障がいゆえの認知の特性や感覚の特性などによって、フィルターの個別性はさらに広がります。けれど、それは特別なことではなく、人間の多様さがより明確に見えている状態とも言えます。過去に強く叱責された経験がある人は、「失敗してはいけない」という主観フィルターを強く持つかもしれません。その人は新しい挑戦よりも安全な選択を優先します。一方で、挑戦を評価されてきた人は、「まずやってみる」という主観フィルターを持つでしょう。
こう考えると、分かり合えなさは問題ではありません。それに、無自覚なままぶつかることが問題なのです。だからこそ、主観フィルターを「見える化」し、言語化し、共有しようとするコクリ対話が必要なのです。
個人が仕事を通じて力を発揮できるようになるためには、「良い学びの経験」を積み重ねることが不可欠です。しかし、その「良い学び」の方法は人によって大きく異なります。障がい者雇用がうまくいっている企業や就労支援事業所では、一人ひとりにとっての「良い学びの経験」を丁寧に積み重ね、ここに多くの時間を使っています。そして、その人の学習パターンを本人と共に見つけながら、経験を通じた成長を支えています。
図は、デイビッド・コルブ(1984)の経験学習モデルをもとに、障がいのある方が良い学びを得る際の要素を加えて整理したものです。経験学習は、4つのプロセスが循環することで深まります。まず、新しい出来事やこれまでにない経験が起こります(「具体的経験」)。それを「何が起きたのか」「その時どのように行動し、どう感じたのか」と振り返り、できるだけ客観的に見れるようになることが「内省的観察」です。次に、その経験から気づきや課題を整理し、「こうすればできるのではないか」「こういうサポートがあればよい」といった考え方や行動のパターンを見出すのが「抽象的概念化」です。そして最後に、その考え方を実際の仕事の中で試してみる「能動的実験」が行われます。この試行錯誤を通して、自分に合った学びのサイクルが分かってきます。
例えば、会議で発言できなかった経験があった場合でも、「自分は苦手だ」と早急に結論づけるのではなく、何が起きていたのかを振り返り、次にどうすればよいかを考え、次の機会に試してみます。このように経験を客観的に振り返り、できるようになるためのパターンを見つけ、良いフィードバックによる「今回の学びの意味づけ」を行います。さらに次の行動に結びつける循環が回ることで、失敗と思っていたことが失敗ではなく、良い学びを生み出すための必要な経験へと変化します。
学び方には個人差があります。体験から理解する人、構造や理屈を先に知ることで理解する人、全体像を把握してから細部を理解する人など、情報の受け取り方や認知の特性はさまざまです。同じ説明や同じ経験であっても、学びとして「入りやすい人」と「入りにくい人」がいるのはそのためです。これを単に「本人の努力不足」としてしまうと、学習はそこで止まってしまいます。仕事の経験を通して、その人がどのような条件で学びやすいのか、どこでつまずきやすいのかを見立て、本人と共に「学びが回るパターン」を見つけていくことが大切です。
このように、経験を学びへと変えるためには、挑戦を支えるフィードバックや、安心して振り返ることができる関係性など、学びの循環をサポートする環境も重要になります。個人に合った学びのサイクルを見つけ、そのサイクルを回すことのできる環境は、個人の成長を促すだけでなく、チームとして成果を生み出し続ける基盤にもつながります。
仕事をするということは、次の2つのことを同時に求められている状態と言えます。
これまで説明してきたように、チームの中では、一人ひとりが異なる主観フィルター(メンタルモデル)を持っています。
そのため、仕事での役割や期待、評価の軸、連携の仕方など、自分が想定していることがそのまま相手に伝わるとは限りません。たとえ伝わっていたとしても、解釈や考え方の違いによって「思い通りにならない」ことも起こります。ただし、仕事である以上、そのままにはできません。私たちは、こうしたズレに対して、丁寧にすり合わせをしたり、時には折り合いをつけたりしながら、成果を出していく必要があります。さらに、そこには期日があり、チーム内外の両方からの評価が伴います。これが仕事をするということであり、厳しさでもあります。
■「主観フィルター(メンタルモデル)」を「共有フィルター(共有メンタルモデル)」へ
このような状況の中で、どうすればチームとして機能するのでしょうか。そこで重要になるのが、「共有フィルター(共有メンタルモデル)」をつくることです。さらに大切なのは、個人の「主観フィルター(メンタルモデル)」を否定したり、無理に揃えたりすることではありません。それぞれのフィルターは、その人の経験や価値観に基づく、大切なものだからです。ただし、そのままでは仕事は進みません。
仕事をするための共通の基準(共有フィルター)をチームとして持つ必要があります。具体的には、共通の価値観、経験、知識、技術、仕事に対する態度(姿勢)などが持てるように、「対話」や「チームトレーニング」をする必要があります。
その共有フィルターを作るための前提として、目指すべきところ、つまり「チームメンバー内で“共通した”仕事における目標と成果」が必要です。「仕事における目標と成果」を掲げて、チーム内の一人ひとりが自分の役割や求められている内容を理解しながら、共有フィルターを整えていくことで、チームの一員として適切にふるまえるようになります。
チーム内で求められている内容とは、具体的には、
・どこを目指すのか(目標)
・何をもって成果とするのか(成果基準)
・どうすれば評価されるのか(評価の軸)
・どのように連携するのか(進め方・役割) などで、
これらを言語化、可視化して、それぞれが理解できた状態にしておく必要があります。
共有フィルターは分かり合えなさを前提にしながら、状況、メンバーなどに応じて調整し、作り直していくものです。これが、チームとして成果を出し続けるための基盤になります。
共有フィルター(共有メンタルモデル)をつくることは重要ですが、それだけでは十分ではありません。個々の主観フィルター(メンタルモデル)を知り合い、学び合うことで、個人の主観フィルターやチームの共有フィルターは、育ち、更新されていきます。たとえると、単色の絵も味わい深いですが、さまざまな色が重なることで、より立体的で豊かな絵になるというイメージです。
チームも同じで、それぞれの経験や視点が重なることで、見え方や判断の幅が広がっていきます。チームメンバーの行動を見たり、他部署や他社の人の話を聞いたりすることは、自分自身の考え方や経験を客観的に見直す機会にもなります。こうした経験から学びが生まれるプロセスが、「相互学習」です。
相互学習とは、誰かが誰かに一方的に教えることではありません。それぞれが持っている主観フィルターを持ち寄り、経験や判断の背景などを共有することで、新しい理解を生み出していきます。
たとえば、あるチームでこんなことがありました。
Aさんが「報告は、ある程度完成してから出すべきだ」と考えて行動していました。一方で、Bさんは「途中でもいいから早く共有した方がいい」と考えていました。結果として、「報告が遅い」「いや、丁寧にやっているだけだ」というズレが生まれていました。
そこで対話を通して、「なぜそう考えたのか」「これまでどういう経験があったのか」を共有していくと、Aさんは「不完全な状態で出して指摘されるのが怖かった経験」、Bさんは「早く共有することで助けてもらえた経験」が背景にあることが分かりました。このやりとりを通して、「このチームでは途中でも共有することが成果につながる」という共通認識が生まれ、同時に「ただし最低限ここまでは整理して出そう」という新しいルールも生まれました。
それぞれの経験や判断の背景を共有することで、個人の中にあった感覚が言語化され、チームの中で使える知識へと変わっていきます。さらに、異なる視点が重なることで、新しい方法や解決策が生まれることもあります。このようにして、個人の経験は、チーム全体で使える知識や判断の軸へと変わり、さらに新しい知恵へと更新されていきます。
コクリ対話を実践していくと、「個々がこのチームの一員と感じられていること」と、「求められた仕事を一人ひとりができること・チームとして成果を出せること」の両立に悩む場面が出てきます。どちらかに寄りすぎてしまい、バランスが取れなくなるケースも少なくありません。ただ、これは問題というよりも、チームや組織が次の段階に進もうとしている成長のサインでもあります。これまでの枠組みでは対応しきれなくなり、より柔軟なあり方へ移行しようとしている状態です。つまり、「個人」と「チーム(組織)」のバランスの取り方を学ぶ段階にきているといえます。率直に言えば、このバランスを取るための“正解”はありません。それぞれのチーム(組織)が、「働きやすさ」と「成果」の両立を目指しながら、試行錯誤の中で判断軸をつくっていく必要があります。
では、バランスが取れている状態とはどのような状態でしょうか。それは、「仕事の成果を出すために、一人ひとりが働きやすい環境が整えられている状態」です。この状態をつくるために有効なのが、「仕組みづくり」と「個別対応」をセットで考えることです(奥脇2026)。「仕組みづくり」とは、どの社員にも適応される会社全体を良くするための仕掛けです。
例えば、就業規則、運用ルール、ツールの活用(Microsoft Teams、Zoom、Googleカレンダー、Chatwork、Backlog、SPIS
など)、対応業務の明確化などがあります。これらは、全体の安定性や公平性を担保する役割を持ちます。その上で「個別対応」を考えます。個別対応とは、障がいの有無にかかわらず、その人がどこに働きにくさを感じているのかを理解し、既存の仕組みの中でどうすれば力を発揮しやすくなるかを一緒に考えることです。例えば、柔軟な勤務時間、業務指示の工夫、補助ツールや専用の機器(業務上の支障を解消するためのもの)の活用などがあります。
重要なのは、「まず仕組みを整え、その上で個別に調整する」という順番です。この順番が逆になると、対応が属人的になり、チーム全体としての再現性や公平性が失われやすくなります。
時には、「個人」と「チーム(組織)」の考えが一致しない場面や、個別対応が難しい場面も出てきます。その際には、どちらかを一方的に優先するのではなく、コクリ対話を通して考えや捉え方をすり合わせ、折り合いをつけることが必要になります。折り合いの付け方にはいくつかの方法があるので一部を紹介します。
一旦、相手の要望を受け入れて、枠を広げる
可能性に着目して新しくやってみる
第3のルールをつくる
「理屈」と「共感」での理解を進める
笑いによって解放する
出典:奥脇学(2026)「多様な人々が活躍する組織(チーム)のための仕組みづくり」資料
中島隆信(2019)『「笑い」の解剖』慶応義塾大学出版会
令和7年度
独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業
障害者就労の合理的配慮に向けた建設的対話のプロセスを学ぶ研修事業
〒145-0062 東京都大田区北千束3-28-9VANフラッツ401
TEL:03-6451-7345 / FAX:03-6451-7346
[email protected]