その源流は1972年、大分県別府市に設立された「オムロン太陽」にある。障がい者の法定雇用率が義務化されたのは1976年。つまりオムロン太陽は、雇用率制度のために生まれたわけではない。
出発点にあったのは、オムロンの企業理念「人間性の尊重」だった。一人ひとりの可能性を信じ、その力を社会の中で活かすという考え方だ。合弁のパートナーである社会福祉法人「太陽の家」は、「No Charity, but a
Chance!(保護より機会を)」を掲げていた。守るのではなく、機会をつくる。支援するのではなく、仕事を通じて力を発揮してもらう。両者の考えは、最初から同じ方向を向いていた。
D&I推進を担当する森氏は、この流れを現在の言葉に引き直してこう語る。「当社はチャリティではなく、事業にどう貢献するかが軸です。福祉的な働き方を望む方には合わないかもしれない。ですが、キャリアアップしたい障がいのある方にとっては、挑戦できる環境が整っていると自負しています」。
同社の障がい者雇用は、本社・グループ会社を含めて多様な職場に広がっている。特例子会社だけの取り組みではなく、各現場で受け入れと活躍を支える前提がある。
一方で、長い歴史をたどると、同社は身体障がいのある人の雇用を中心に積み上がってきており、2017年前後には、長く勤めて定年を迎える社員が増えてきた。「これまでの延長」だけでは継続が揺らぐという感覚があった。
加えて、精神障がいや発達特性のある人の雇用では、別の難しさもあった。面接中心の採用では、実際の仕事での力が見えにくい。入社後も、特性を前提に仕事を組み立てなければ、不得意な部分が目立ちやすくなる。努力で埋めることを求めれば、双方に負担がかかる。
そこで浮かび上がったのが、「どう雇うか」ではなく、「どうすれば本業の仕事の中で力を発揮してもらえるか」という問いだった。
その答えの一つが、ニューロダイバーシティの考え方である。この考えは、特性を前提に、強みが生きる仕事を定義する。受け入れ側も条件を共有し、進め方を組み立てる。「異能人財採用プロジェクト」は、そうした発想を形にした取り組みだ。専門性が高く、成果に直結しやすいポジションを対象に、仕事を先に設定してから募集する(ジョブ型雇用)。ここに、同社の転換点があった。
身体障がいの場合、業務内容と配慮の関係は比較的見えやすい。だが、精神障がいや発達特性のある方の雇用では、暗黙の前提を共有する仕事のやり方が通用しにくい。どこが負荷になるか、どの場面でつまずくかは、本人の努力だけでなく、仕事の進め方や情報の伝え方にも大きく影響される。最初に「何が難しく、何が必要か」を言葉にしておくことが、後の摩擦やすれ違いを減らす。
障がい者雇用システムアドバイザーの宮地氏は「まず仕事を定義します。何をやってもらうのか。その仕事がどう進むのか。そこを曖昧にしたまま採用しても、うまくいきません」と述べる。
重要なのは、特性そのものを説明することではない。仕事がうまく回る条件を、本人と職場が一緒に言葉にすることだ。集中できる時間帯はいつか。どのくらいの粒度で指示があれば動きやすいのか。どんな確認方法なら安心して進められるのか。条件が曖昧なままだと、職場は感覚で判断するしかない。「合う」「合わない」という話になりやすい。 だが、条件が整理されれば、感覚ではなく、仕事の進め方の問題として考えられるようになる。
ニューロダイバーシティに取り組むということは、特性に配慮するというより、「仕事が成立する条件を明らかにする」ことでもあるのではないか。
発達特性のある人財の採用では、面接だけでは実力を判断しにくい場面がある。面接では、話し方やその場での受け答えといった“その場で見える部分”が評価に影響しやすい。一方で現場に必要なのは“成果に向けてどう進めるか”。両者は一致しないことがある。
そこで同社は、採用の判断を面接だけに頼らない。募集→書類選考→面接→インターンシップという流れを取り、一定期間のインターンで実際の仕事に近い課題にどう取り組むかを確かめる。ここで見るのは結果だけではない。途中の手順、詰まったときの対処、相談の出し方、手順の整え方──つまり「実際の進め方」そのものだ。受け入れ側と、どんな進め方なら噛み合うかも、この段階で見えてくる。
進め方が見えると、受け入れ側の不安は「できる/できない」という推測から、「この条件なら回る」という仕事の組み立ての話に変わる。どこが強みで、どこが詰まりやすいかが分かれば、受け入れ後にどう仕事を任せればよいかも見えてくる。この採用のプロセスはゴールではなく、受け入れの準備の出発点になる。
ここで前提として求められるのが、本人が不得意や必要な環境調整を具体的に言葉にすることだ。口で言えなくても文章でよい。たとえば「大きな音が苦手」「指示は箇条書きがよい」「同時並行が多いと混乱する」。
入口の段階から共有されれば、受け入れ側は「配慮してあげる」ではなく、「仕事を成立させる条件として調整する」という視点になる。
技術職の象徴的な事例を聞いた。面接での自己PRや応答が難しく、面接だけでは評価が難しかった。しかし課題に取り組む場では、技術用語や成果物があると実力が伝わりやすい。「最初は名前しか話せなかった。でも技術用語で話すと意思疎通ができる」。見るべき点が「話せるか」から「成果につなげられるか」へ変わった。
入口にインターンという「確かめる工程」があることで、受け入れ側も採用に対して納得感が得やすくなる。過去に苦い経験がある現場ほど、「また同じことになるのでは」という不安が強い。そこで「採用が前提ではない。合わなければ採らなくていい」と先に伝えておいて、まず試して確かめられる場をつくる。推測ではなく事実にもとづいて判断できるようになれば、受け入れ側も「どうすれば回るか」の話に入りやすい。
採用の入口で手応えがあっても、受け入れがうまくいくとは限らない。ここから先は、仕事をどう任せ、どう回すかの問題になる。オムロンが重視しているのは、“工程や役割を組み替えて成果につなげる”ことだ。
発達特性のある人は、同じアウトプットでも「どんな順番で」「どんな粒度で」「どんな情報量で」進めるかによって、その人の持つ力を発揮できるかどうかが変わる。そこで同社では、仕事を前工程と後工程に分けた。前工程は、関係者との調整や前提のすり合わせが多く、状況に応じた判断やコミュニケーションが連続する。一方で、前提が固まった後工程は、作業の見通しが立てやすく、得意を成果に結びつけやすい。
たとえば開発であれば、要件を固め、関係者と調整しながら方向性を決める工程は別のメンバーが担う。要件が固まった後の実装や分析など、得意が出やすい工程を本人が担う。ここで行われているのは「できない仕事から外す」のではなく、チームとして成果が出るように、役割と順番を並べ替えることだ。このように組み替えると、仕事のスピードが上がる。後工程の進みが速すぎて前工程が追いつかないほどのケースもあるという。個別対応のように見えるが、実際にやっているのは、仕事の進め方を組み直すことだ。
もう一つの柱が、日々の進め方を調整するために、相談しながら進める相手をつけることである。現場によっては、直接一緒に仕事をする人を「バディ」として付ける。役割は監督ではない。適した仕事の進め方を、日常の会話の中ですり合わせるための相手である。たとえば、先が見えない仕事に不安が強く出る人には、仕事のプロセスにおいて、ゴールを細かく区切り、「ここまでできたら次」という短い到達点を積み上げ、最終ゴールを目指す。指示は口頭がよいのか、文章がよいのか。確認はどのくらいの頻度が安心か。困ったときは誰に、どんな方法で相談するか。こうした前提をいったん決め、実際にやってみて、合わなければ直す——このサイクルで仕事を回していく。
特徴的なのは、この合意が「一度決めたら終わり」ではないことだ。忙しさや案件の性質、チームの体制が変われば、うまくいく進め方も変わる。だからバディは、進め方をその都度すり合わせて更新していく相手になる。このとき大事なのは、本人の「困りごと」を、業務を進めるための必要な条件として言葉にすることだ。たとえば「同時並行が多いと混乱する」なら、タスクをどう束ね、どんな順序で渡すか。口頭指示が苦手なら、文章の型をどう整えるか。困ったときに黙って抱え込むなら、どのタイミングで、何を合図に相談を上げるか。仕事に必要な条件が言葉になれば、受け入れ側も判断がしやすくなる。その場しのぎにならず、ほかの場面でも応用しやすくなる。
同社の取り組みを追っていると、仕事の進め方を見直すことに主眼があるように思えてくる。
工程を分解し、役割を組み替え、進め方を調整する。こうした工夫を重ねると、仕事の進め方は固定ではなく、成果に合わせて組み替えられるものだと分かってくる。
この変化は、現場のマネジメントの見方も変えていく。従来の職場では「この手順でやれる人」が基準になりがちだ。そこから外れると、努力不足と見なされやすい。しかし、工程を分け、ゴールまでの小さなゴールを積み重ね、指示の形式を整え、確認の頻度を調整すると、同じ成果でも到達の仕方が複数あることが見えてくる。この考え方や方法が習慣化すると、問いそのものが「できる/できない」から「どうすればできるか」へ変わる。
ここで重要なのは、進め方を状況に合わせて変えることを、その人だけの特別対応で終わらせていないことだ。前工程と後工程の切り分けは、結果的に業務の渋滞を減らし、品質を上げる。短いゴールを設定して進み具合を分かりやすくすることは、手戻りを減らし、チームの見通しも良くする。個別の調整が、職場全体に波及し、成果の出るやり方として定着していく。
一人ひとりを同じ型に当てはめるのではなく、強みと、うまく働くための条件を見極め、必要な支援や環境を整えて、成長と成果を引き出す。その過程を宮地氏は「プロセスのイノベーション」と表現し、会社全体へもたらすことができる成果とした。
仕事の現場では、手順が噛み合わない、情報が多すぎる、同時に複数の依頼が来る――そんな小さな行き違いが起きる。同社では、それを特別な問題として切り出すのではなく、まず「仕事の調整」として扱う。役割を分け直す、進め方を変える、確認の頻度を調整する。日常のやり取りの中で、解決を図る。森氏は「基本は現場で課題を解決する」と話す。だが、本人・現場だけで抱え込まないように、対応が難しくなりそうなときには、早めに相談できる体制がある。
その要になるのが、合理的配慮プロセスの運用・改善を担当する吉井氏だ。毎年9月〜12月に合理的配慮に関する面談を実施し、1月に振り返る。260人超の情報を集めたうえで、状況を4つの区分に整理する。たとえば、「安定して取り組めている層」「変化が起きていて様子を見る必要がある層」「相談や懸念が表面化していて支援を厚くする層」「休職など個別対応が必要になる層」といった具合だ。こうして状況を継続的に追い、前年との違いや環境の変化を確認することで、フォローの優先度がつきやすくなる。定期的に確かめる仕組みがあるからこそ、問題が大きくなる前に気づき、必要な支援につなげられる。
一つの部署が支援を全て担っているわけではない。各事業所には生活相談員や医療職がおり、本社の専門員、ジョブコーチが役割を分けて関わる。現場での調整が難しいときに、段階的に支援が受けられるような体制が作られている。合理的配慮の判断の基準は、現場とD&I推進課のあいだでも共有されている。何か課題が生じたときも、判断のよりどころが明確だ。「チームの成果を良くするために必要かどうか」。この問いを基準にする。成果につながるなら対応する。つながらないなら別の方法を探る。共通の物差しがあることで、調整は感覚ではなく、仕事を基準とした明確なものになり、属人的にならない。
こうして見ると、同社が整えているのは、配慮を申請して認める制度ではない。現場でまずは考えて解決をする、それでも難しいときには、他部署や他機関の支援につながれる仕組みだ。日々の調整と、それを支える仕組み。その両方がかみ合うことで、無理のない運用が続いている。
ここまでで明らかになってきたのは、特別な施策の話ではない。採用の入口で仕事を定義する。工程を分け、役割を組み替える。日々の困りごとは現場で解き、難しければ相談につなぐ。こうした一つひとつの長年の積み重ねが、取り組みの実態だ。配慮は特別扱いではなく、仕事を回すための調整になる。対話をするのも、分かり合うことだけが目的ではない。「どうすれば成果につながるか」を一緒に考える。その視点に立つと、問いは「できる/できない」から「どうすればできるか」へと変化する。結果として、仕事の進め方そのものが変わっていく。
こうした積み重ねは、「No Charity, but a
Chance!」と「人間性の尊重」という2つの理念を、事業の中でどう形にするか――その問いに向き合い、その都度、答えてきた歴史でもあるように思える。同社の障がい者雇用に関する取り組みはすでに十分進んでいるようにも見えた。だが、森氏は私たちを見ながらこう答えた。「まだ5合目です」。拠点や部署によって進み方に差はある。だからこそ、事例を増やし、経験を整理しながら知見として蓄積し、各部署へ広げていく必要がある。
さらに、取り組みを社内に閉じず、外へ広げる構想も聞いた。本拠地の京都を中心に、企業や地域と連携し、実践を共有しながら広げていくという。狙いは、特定の企業の“うまくいった話”で終わらせることではない。ニューロダイバーシティの考え方を土台に、仕事を「できる形」に整えるための具体的な工夫――たとえば、工程や役割の組み替え方、指示の出し方、確認の頻度、困ったときの相談の上げ方――を持ち寄り、複数の企業が連携する枠組みの中で、ほかの職場でも使える形にしていくことにある。
人財育成やキャリアの面でも、成長の機会を一社の中だけで完結させるとは限らない。社内で機会をつくる努力を続けつつ、必要に応じて社外も含めて次のステップを描く。雇用を維持すること自体を目的にせず、社内外の機会を組み合わせて本人の成長につなげる——その姿勢がはっきり見えた。
理念を掲げるだけでなく、現場で実践と挑戦を続ける。取材を通じて、その一貫性がいちばん印象に残った。(徳永 惇士)
令和7年度
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