ジョブジョイントおおさか(社会福祉法人北摂杉の子会) 


信頼関係を基盤とした「経験の支援」と、主体性を引き出す成功体験の共創

 社会福祉法人北摂杉の子会が運営する「ジョブジョイントおおさか」は、2011年の開設以来、自閉スペクトラム症(ASD)やADHD等の発達障害に特化した先駆的な就労支援を展開している。利用者は20代が約67%と多く、大学・高校・特別支援学校卒など学歴は多岐にわたり、自立訓練、就労移行支援、そして就労定着支援までを一貫して担い、利用者が「自立支援から就労、そして職場定着へ」とステップアップするための重要な機能を果たしている。
 注目すべきは、その実績である。過去3年の就労移行率は約90%と非常に高く、全国平均の約52%(厚労省2018)を大きく上回る。就職3年後の定着率も70%という高い水準を維持している。
 その他、発達障害やコミュニケーションが苦手な学生に向けた就職準備プログラムの提供や企業向けの障害者雇用支援・ジョブコーチ支援なども行う「ジョブジョイントおおさか」だが、今回は、所長の星明氏に、有期限の支援の中でいかに利用者と「戦略的な対話」を重ね、主体的な就労へと伴走しているのかを伺った。


「指導」から「伴走」へ:心理的安全性が生む、信頼関係の構築


 ジョブジョイントおおさかの対話は、「心理的安全性の確保」を土台としている。
 2週に1回、利用者と担当者の間で実施される個別面談は、単なる目標管理の場ではない。 「初期段階でいかに早く信頼関係を築けるかが勝負」と星明氏は語る。B型事業所や生活介護とは異なり、就労移行支援においては利用期間に限りがある。職員は「教える立場」ではなく、利用者の強みを見つける「パートナー」として共に向き合う。信頼構築に注力するため、同所では職員間での研修・連携(SVへの相談など)も密に行い、利用者への向き合い方を統一しているのだ。
 面談では過去の経験を振り返ることよりも、「未来の就労に向けた前向きな時間」を共有する。就労に向けたカリキュラムを実施しながら、日報を通じた面談においても、主観ではなく事実に基づいた対話を重ねる。事実に基づいた対話を重ねることで、利用者は「自分のことを正しく理解し、守ってくれる環境」を実感する。この安心して本音を語れる土壌こそが、利用者が自らの意志で一歩を踏み出すための原動力となっている。
 さらに、同所の独自性は「就職をゴールとしない」姿勢に顕著に現れている。月に1回開催される「OB会」では、就労後の勉強会はさることながら、外出や泊まりの旅行なども実施。余暇の充実が仕事への意欲に繋がるサイクルを重視し、職員と利用者という枠を超えた関係性が、就労後も「ほっとできる場所」につながり、高い定着率を支える土台となっている。


「環境の支援」:成功体験が対話を豊かにし、自立へと加速させる


 「環境設定こそが、支援の8~9割だと思っています。僕らが何か特別な魔法をかけるわけではなく、本人が力を発揮しやすいように周りを整える、という感覚です」――星明氏のこの言葉には、同所のフィロソフィーが凝縮されている。支援の本質は、本人の欠点を矯正したり、努力や耐性によって克服することではない。本人の特性を「強み」に活かせるよう、「環境側の調整」をすることにある。
 同所が掲げる「経験の支援」は、単に多様な体験機会をつくることではない。成功しやすい構造を整えた上で、段階的に経験を重ねるプロセスを意味している。例えば作業プログラムでは、詳細な手順書が写真や文字で視覚化され、その置き場所一つに至るまで明確に定義される。「失敗させないようにする」のではなく、「成功しやすい環境をデザインする」という発想だ。 その環境下で、本人は「自分はどんな作業がやりやすいのか」「どんな環境なら集中でき、どんな人との関わりが心地よいのか」を、経験を通して知っていく。経験は本人にとっての自己理解の材料であり、支援者にとっては精度の高いアセスメントの機会となる。「全部、行動観察なんです。」という職員の言葉通り、同所の支援は、観察と仮説、そして微調整を繰り返す、緻密なサイクルによって成り立っている(p.--参照:経験学習モデル)。
 こうした「経験の創出」によって、利用者と職員の「対話」は劇的に深化する。「何がしたい?」といったイメージの湧きにくい言葉の問いかけによって対話が止まることはない。具体的な作業や企業への見学・体験を通じて「経験」という共通の事実を土台に、本人が「この働き方が自分に合う」と自ら確信できるまで、職員は多角的なプログラムを提示する。すぐに答えを見出すのではなく「即答」を避けて待つ。

 職員が先回りして答えを渡してしまうことで、本人の自己決定の機会、自分の感情を言語化する機会を奪ってしまう。しかし同所では、この「待つ」プロセスを意識的に介在させることで、本人が自分のペースで自ら選ぶ経験を積み重ね、自己理解と意思決定の力が磨かれる。緻密な環境設計と、個々の「強み」を活かす粘り強い調整。この両輪が、利用者を「支援される側」から、「自らの働き方を選び取れる主体的な働き手」へと変容させていくのだ。


「環境」と「経験」の融合:本人の「納得」への一歩を支える  


 利用者がやりたい仕事と、職員が分析する仕事の適性に乖離が生じることは少なくない。例えば、本人が「デスクワーク」を希望する一方で、客観的なアセスメントでは「物流作業」の方が強みを活かせると判断されるケース。この時、同所では決して本人の希望を否定しない。まずは本人の想いを否定せず受け止める。この「心理的安全性」の土台があるからこそ、利用者は信頼を維持したまま、その後の職員からの提案にも耳を傾けられるようになる。
 同所が大切にしているのは、理論や言葉による説得ではなく、本人が自ら気付くための「経験」の提供だ。職員は、支援側の主観ではなく、本人の発言や行動という「事実(エビデンス)」を丁寧に記録・確認し、共有する。その上で、本人の希望を優先しつつも、強みが活かせそうな他職種の見学や体験を「きっかけ」として計画的に、そして自然な流れでカリキュラムへ組み込んでいく。
 「教える」という一方的なスタンスではなく、あくまで本人主体の「経験」を貫き、一緒に検証する。実際に見て、体験して、本人が自ら気付くプロセスを大切にすることで、例えば、希望とは異なる作業体験であっても、そこで「自分にもできた」という成功体験が得られれば、それは本人の就労意欲を大きく高める可能性がある。職員間では週に一度のケース会議で知見を持ち寄り、一人ひとりの心の動きに合わせた自然な流れで体験できるよう、多角的なアプローチを検討する。
 「自分の特性を深く理解してくれている担当者だからこそ、新しい提案に乗ってみようと思える」そんな信頼関係と、緻密に設計された経験学習プログラムが合わさることで、利用者は自ずと自分に合った環境を見出し、納得感を持って進路をシフトチェンジしていく。有期限のサービスという中でも、急がば回れで「本人の納得」を丁寧に積み重ねること。それこそが、就職後の高い定着率へと繋がる同所における対話の実践と言えるだろう。


「環境」が対話を仲介する 


 北摂杉の子会が体現しているのは、マニュアルを超えた「環境の支援」のあり方だ。一般に、社会生活においてコミュニケーション(言語的なやり取り)は必須とされるが、そこに難しさを感じる人もいる。しかし、ジョブジョイントおおさかの実践を覗くと、「環境設定」こそが本人と企業が分かり合うための手段となっていることに気づかされる。例えば作業手順の仕様書の作成や視覚化、業務環境の物理的配置を整えることは、企業にとって「どう指示すれば戦力になるか」を明確化するものとなり、本人にとっては「どう動けば仕事を遂行できるか」の指標となる。これらが企業と本人の共通言語にもなる。
 この「環境」を介在させることにより、本人の特性と組織のニーズが一致する接点を丁寧に見出していくことが、同所の支援の本質である。その役割は事業所内に留まらず、利用者の特性を丁寧に言語化し、企業側へ「どう環境を整えれば戦力になるか」という具体的な指針を提示する。本人の努力と社会側の受け入れ体制、この両輪を整えることこそが、ディーセント・ワークの実現に近づいていく。ここで整えられた「場」は、本人の特性を深くアセスメントした結果として用意される。それは単なる物理的な配慮を超え、「私たちはあなたの特性を正確に理解し、この場所で力を発揮することを心から望んでいる」という支援者や企業からの非言語的メッセージとして機能する。

 「環境が教えてくれる」という同所の哲学は、障がい者雇用における対話の本質が、言葉による指示だけではなく、双方が歩み寄った「場」の共創にあるのではないか。こうした「環境を介した丁寧な調整」が、本人の中に安心と誇りを生み、3年後定着率70%という驚異的な実績に直結しているのだ。対話とは「言葉のやり取り」だけを指すのではない。経験を共に振り返り、環境を共に整え、本人が納得できる選択へと導く一連のプロセスそのものが、同所における「対話」なのである。(佐藤文音)

コラム:『環境』が言葉の代わりになる――北摂杉の子会の対話の原点

 

 ジョブジョイントおおさかが実践する「戦略的な環境設定」は、実は同法人の生活介護や就労継続支援B型の現場にまで深く根付いているように感じた。北摂杉の子会の事業所に一歩足を踏み入れると、まず驚かされるのはその「静けさ」だ。重度の知的障がいや強度行動障がいがある人々が、パニックを起こすことなく、穏やかに、かつ自発的に自らの作業に向き合っている。この光景は決して「魔法」ではなく、徹底して計算された「環境」、つまり、目の前の一人ひとりを深く観察し、環境との相性を本人と共に丁寧に探り続けた結果である。
 言葉でのコミュニケーションが難しい人にとって、曖昧な指示は不安と混乱の種になる。だからこそ、現場では視覚支援(カードやイラスト)によって作業の手順を明確にしたり、パーテーションによって個別の集中空間を確保することで空間の構造化、動線の分離といった情報の混乱を防ぐ「環境の構造化」がなされている。これが、杉の子会が掲げる「環境が教えてくれる」という支援の形だ。
 そして、杉の子会の支援には驚くほどの「再現性」と「微調整」の妙がある。障がいの特性に合わせ、利用者の自発的な動きを、環境を通して促すこともあれば、利用者の本人の意思を汲み取った職員側からの働きかけ(アクション)を通して行うこともある。対象が誰であっても、「個」を徹底的に観察し、その人に適した「仕事」の形を整えていく。現場では、疲れた時に一人で落ち着ける休憩スペースを事前に整えたり、イラスト付きのカードで作業の「終わり」を視覚化したりと、環境自体も本人と対話できるような細やかな工夫がなされている。この「次に何をし、いつ終わるか」という見通しが立つ環境を提示することで、心理的安全性を守り、言葉を超えた他者との共通言語が生まれる。利用者同士の相性をも観察し、作業スペースのレイアウトやシフトを柔軟に変更し続けるその姿勢は、まさに環境を通じた継続的な「対話」そのものである。
 提供するサービスの種類や障がいの程度は異なれど、法人を通し流れている「本人が力を発揮しやすいよう周りを整える」という一貫したスタンスと、本人の自律を信じる「経験の支援」。この法人全体に貫かれた一貫性が、社会の中で自律し、自分らしく生活するための土台を支えている。本人を尊重し、「環境設定」という名の丁寧な対話が、本人の誇りと安心を育み、やがて社会へと繋がる確かな道筋となっていく。北摂杉の子会が描くディーセント・ワークの風景は、今日もこの静かな作業空間の「環境」から始まっている。