1981年創業のブルームバーグ・エル・ピーは、「情報で資本市場の透明性を高める」という理念のもと、グローバルな情報テクノロジー企業として事業を展開している。同社の障がい者雇用は、法定雇用率の達成そのものをゴールとしていない。安心して経験を積み、可能性を広げて活躍できる環境を、企業だけで完結させず社会とともにつくる――その考え方が取り組み全体の土台にある。本記事では、同社・人事スペシャリストの高橋弦也さんに話を聞いた。
同社では、障がいのある社員を特定部署に集約せず、志望・適性・障がい特性を踏まえて多部署へ配属している。配属先はデータ、アナリティクス、システム、マーケティング、人事、ファシリティなど多岐にわたる。
「枠に障がい者を合わせる」のではなく、「本人が力を発揮できる起点で職域を設計する」発想が、現場には根付いており、障がい者雇用で採用された社員の中だけでも、外国籍、LGBTQ+、65歳以上など、多様な背景の社員が活躍している。
制度面では、重度障がいがあり通勤が難しい人に向けた「Bloomberg Abilities Program」を整備している。訓練生として実務経験を積めるプログラムで、雇用の入口そのものを広げる仕組みだ。
同社が取り組むのは、採用の間口を広げることだけではない。入社後も安心して働き続けられるよう、定着を支える仕組みづくりにも力を入れている。その延長線上に、「経験を積む機会が得られづらい人に実務の場を提供する」ことを重視する姿勢があり、法令遵守を超えて就労機会そのものを増やそうとする価値観が表れている。
運用面での軸は、相談機会を「障がいのある社員向けの特別枠」にしないことだ。上司との1on1を障がいのあるなしにかかわらず全員共通で1〜2週に1回実施し、業務だけでなく生活面や障がいに関する相談も含めて話せる場としている。
困りごとが生じたときの基本的な相談相手はチームリーダーだが、不安があれば人事にも相談できると障がいのある社員には周知されている。人事は解決の代行ではなく、困りごとの整理、上司に伝える内容の組み立て、伝え方の練習、選択肢の提示など「対話の伴走(コンサルテーション)」を重視する。
合理的配慮は「配慮事項共有シート」を用いて整理している。シートには各個人の障がい特性に加え、物理的・心理的に希望するサポート内容、インクルージョンコミュニティ
や障がい者採用施策への参加意向など、業務やネットワーキングに関する希望を記載している。年に1度記載内容を更新し部門長・チームリーダー(必要に応じて人事)と共有。共有されたシートを活用し、都度、困りごとだけでなくありたい姿についての対話を促すことで、配慮を「できないこと」や「制限」の整理で終えないことがポイントである。
たとえば「話すことが苦手」といった情報だけが共有されると、周囲が過度に遠慮し、本人の挑戦の機会を閉ざしてしまう可能性がある。その場合は、「苦手はあるが、少しずつ挑戦しながら職域を広げたい」という“ありたい姿”があわせて共有されれば、段階的な配慮を受けながら活躍の機会を広げられる。ありたい姿の共有がなされるうちに、シートには「言葉を発するのに時間はかかるが、積極的にコミュニケーションを取りたいので、たくさん話しかけてほしい」といった前向きな表現が記載されるようになってきたという。
シートを活用することで、本人は得意/苦手と、やりたいこと/ありたい姿を分けて捉えることができ、本人が望む状態に近づくために役立っている。また、意見が2つに割れた場合も対話で合意形成し、必要に応じて社外の支援員、産業医、主治医の意見も取り入れながら進めている。
合理的配慮の議論は、ともすると「対応できる/できない」の線引きなってしまうことが多々ある。ブルームバーグでは、そうした二択で結論を急がず、本人と組織が納得できる条件を探るために対話を重ねる。
象徴的なのが、コロナ禍で業務内容の変更が避けられなかったあるケースである。新しい環境への適応が難しい特性をもつ社員に対し、業務の移行が必要になった。本人からは「新しい業務は難しい」という声があがったが、そこで結論を押しつけるのではなく、なぜ難しいのかを丁寧に掘り下げた。対話のなかで見えてきたのは、スキルの問題というより「新しい業務・環境に移行することへの強い不安」だった。そこで同社は、通常であれば約1か月で進める移行期間を3か月に延ばし、段階的に新業務へ移行する計画を再設計した。結果として、本人の心理的負荷を抑えながら、組織としても必要な業務変更を進める合意点を見いだした。
「配慮」を例外的な対応として切り分けるのではなく、 業務の進め方や条件を調整し直すことで、本人も組織も前に進める。対話を日々の運用に落とし込む同社の姿勢が、よく表れている。
障がいのある社員との対話は、当事者支援にとどまらず、組織全体のコミュニケーションの質を変えている。困りごとを「起きてから対応する」のではなく、1on1など日常の接点を作ることで、早めに言葉にできるようになり、そうするうちにメンタルヘルスやパーソナルな事情も“扱いづらい話題”ではなくなっていった。また、現場では、問いかけ方も変わっていった。たとえば「大丈夫?」という質問ではなく、「困っていることはない?」と問い直すことで、相手が具体的に話をしやすくなる――そうした“小さな問いの工夫”が、部署をまたいで共有されていく。
さらに同社は、取り組みを社内で完結させない。Open
Officeなどを通じて、大学関係者や家族、支援者といった周囲の人々も巻き込み、「本人だけが頑張る」構図をつくらないことを重視している。職場で提供できる支援には、業務上・組織上の介入できる限度(サポートできる限界)がある。障がいのある当事者が安心して働き続けるためには、職場の外側――家庭や学校、支援機関などの理解や協力も重要である。
だからこそ同社は、社内で得た知見や試行錯誤を、社外にも積極的に共有している。家族や大学、支援者が職場の実態に触れ、職場での支援の仕方をイメージして具体化できること自体が、障がいのある人の就労を支える重要な成果だと捉えている。
「法定雇用率の達成がゴールではない」という方針は、掲げるだけでは終わらない。制度と日々の運用に落とし込まれることで、社内では対話の文化が育ち、社外では関係者との対話を通して、互いのつながり方が少しずつ更新されている。
同社の事例が示すのは、1on1や人事面談、配慮事項共有シートといった形で、対話を職場の日々の運用の中に組み込むことで、「本人のありたい姿」と「組織が求めること」を両立させていく道筋である。たとえば業務変更が必要になった場面でも、「できる/できない」で結論を急がず、不安の背景を言語化したうえで、進め方やペース配分、周囲のサポート・関わり方といった“働く条件”を組み直し、合意点をつくる。そうした積み重ねが、障がいのある社員を戦力化していくだけでなく、マネージャーの視野を広げ、職場の対話文化を育てていくのだと感じた。(徳永惇士)
令和7年度
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