株式会社else if


共生で強くなる ITの分業が生きる開発現場


ITの分業が生んだ共生モデル


 企業と障がい者雇用の関係は、雇用率の達成や自社戦力化として語られることが多い。しかしそれとは異なる形で共生を実現している企業がある。福岡のIT企業、株式会社else ifだ。else ifがIT開発案件を受注し、その工程の一部を就労継続支援A型事業所カムラックラボに委託する。そして現場では、else if社員とカムラックラボのメンバーが、顔の見える同じオフィスでプロジェクトに参加し、役割を分担しながらワンチームとして開発を進めている。
 この仕組みを成立させているのが高森社長だ。「30年前、パソコンを触る人は変わり者と言われていました。私もそうでした(笑)。こだわりが強かったり、好きなことに没頭する人。PM(プロジェクトマネージャー)がそういう人たちをまとめて仕事を進める。IT業界の構造はもともとそういう発想なんです」
 そう語る高森社長にとって、この仕組みは特別なものではなかった。やってみると精神障がいのある人の特性と相性が良かったという。高森社長が独立したきっかけは、カムラックの賀村社長との出会いだった。カムラックのような就労継続支援事業所にITの開発業務を発注するという構想は、当時は理解を得にくかった。「フロントの会社が必要なんです」。賀村社長のその言葉に共鳴し、高森社長はelse ifを立ち上げた。


外注ではない、共に働く開発チーム


 else ifでは、障がいのある人、育休復帰した女性、シニアなど、さまざまな背景を持つ人材がプロジェクトに関わる。従来の枠組みでは活躍の場を得にくかった人材が、分業しながら一つの開発を進めている。案件を受注するときは、カムラックとの協働を前提に設計を考える。
 「最初は資金に余裕を持たせるために案件を重ねたり、人員を増やしたりする必要があると思っていました。でも実際に一緒に仕事をしてみると、そんな必要はなくなっていきました」。
 プロジェクトに不測の事態はないのだろうか。「そういうことは特に思いあたらなくて。もちろんお休みがあればカバーしたり、カムラックの福祉スタッフと一緒に話し合いに入るなどします。でも一緒にやっていると、そもそもメンバーの技量や生産性が分かるようになる。受注時からカムラックメンバーの顔を思い浮かべながらチームを構成したりします。」
 一方でカムラックメンバーは“仕事の向こうにクライアントがいる”ことをプロジェクトを通じて実感する。日々の仕事を共有しているから、お互いが大事にするものを分かり合っている。高森社長やelse ifのPMにとっては当たり前の光景だ。
 else ifがカムラックを支えているわけではない。もともと基幹システム開発が専門だった高森社長。一方、カムラックにはWEBやデザインができるメンバーがいるため、else ifの受注案件の業種は広がっていった。
 この関係は、経済的にも合理的だ。工程の一部をカムラックが担うことで、else ifは高付加価値の業務に集中できる。IT業界では当たり前の構造だ。しかしカムラックとelse ifの関係は単なるコスト調整ではない。else if社員の手が空けば新しいプロジェクトを受注できる。カムラックのメンバーのスキルが上がれば、else ifの事業の幅が広がる。共生という同じ目的を持つ2社が、強みを分け合っている。
 開発で力をつけたカムラックのメンバーが、信頼関係のある企業へ就職していく事例も多い。高森社長はこう語る。
「プロジェクトの戦力だった人が抜けるのは痛いですよ。でも一緒にやっていた社員たちが真っ先に『よかったね』と喜ぶんです。これはたいしたもんだなと思いました」
 カムラックと共生するという考え方が、社員の中にも自然と根付いているという。同じ船に乗り、同じ方向を見て仕事をしている。


社内対話の先の、地域対話へ


 社内で価値観を共有することは多くの企業が取り組む。しかしelse ifとカムラックの特徴は、その対話が社内にとどまっていないことだ。両社の社員は、障がいのある人と働くという前提を共有しながらプロジェクトを進めてきた。その中で「共生して働く」という価値観は、すでに特別なことではなくなっている。
 そして今、その対話が社外へ広がり始めている。高森社長や賀村社長の対話相手は、もっぱら地元の企業の経営者たちだ。
 「スキルをつけたやる気のある障がい者が活躍できないなら、企業側が変わる必要がある」賀村社長は言い切る。「技術も伝統もある地域企業がやらなくて誰がやるのか」。そんな熱い言葉に、else ifとカムラックの先進的実例があることで説得力が増す。共鳴する企業も増えてきた。その広がりの一つが大分だ。高森社長は就労継続支援A型カムラック大分の代表も務めている。大分出身の高森社長は、福岡で培ったカムラックとelse ifの仕組みをそのまま持ち込んだ。「やり方はもう分かっている。だったら地元でも同じことをやればいい」。
 高森社長は、これからの可能性についてこう語る。「僕は技術者なので、ニッチな技術者を育てることに興味があります。そうしたら近い将来、カムラックからとんでもないエンジニアが出てくるかもしれない」
 カムラックとelse ifの共生モデル。ここでは障がいのある人は特別な存在ではない。地域の課題をともに解決する仲間として、開発プロジェクトの中で役割を担う一員だ。福岡で育ったこの仕組みは、いま、静かに広がり始めている。(高橋亜矢子)